第百話「皇帝杯(秋)本戦」
秋の澄んだ青空に、スタジアムを揺るがす歓声が響いていた。皇帝杯(秋)。一年の後半を締めくくる地球圏最大級のD1レース。そのゲートに、5機のサイドールが並ぶ。
ガルディアス、ラディウス、アスティオン、クロエ、そしてフリアノン。
スタートゲートの中で、フリアノンは小さく震える指先を握りしめた。隣ではクロエが鋭い視線を前に向けている。
(怖くない、怖くない……わたしは……わたしは走る……)
レース前のパドックで、ミオがかけてくれた言葉を思い出す。
『ノンちゃん、去年も春も勝ってるやん。大丈夫や。いつも通り、最後に全部抜いたったらええんやで』
わたしは――勝つ。
その時、スターターが旗を上げた。
――スタート!
一斉に火を噴く推進ユニット。5機が地面を蹴り、轟音と砂煙を上げて飛び出した。
「ガルディアス、ハナに行け!」
シグマ・レインズの冷静沈着な声が飛ぶ。だが、いつもなら即座にトップスピードへと加速するガルディアスのペースが、今日は上がらない。
「おいガルディアス、どうした!?」
「悪い、シグマ! なんか足が重てぇ!」
先頭に立ったものの、明らかにいつもの逃げペースではない。レースは平均ペースに落ち着き、後続集団も楽についていける展開となった。
「ラディウス、これはチャンスや! ガルディアスの後ろで脚溜めろ!」
玲那の声にラディウスが短く返事する。
「わかった、玲那!」
先頭集団の二番手につけるラディウス。その直後にクロエとアスティオンも上がっていく。
「クロエ、行け。今のうちに好位取っとけ」
ヴェルナーの静かな指示に、クロエは唇を噛んで答える。
「了解……!」
一方、後方集団の最後尾に位置するフリアノン。その隣を走るアスティオンにユリウスが声をかけた。
「アスティオン、今上がれ! 今日のペースならロングスパートで勝てる!」
「了解しました、ユリウスさん」
冷静な瞳に勝利への執念が宿る。外に出してスピードを上げるアスティオン。フリアノンの前を通り過ぎる風圧が、フリアノンの髪を大きく揺らした。
(わたしも……行かないと……でも……)
前回、ガニメデカップで追い込みが届かなかった苦い記憶がよみがえる。脚が動かなくなる恐怖。あの時の悔しさ。
――いや、思い出してどうする!
ミオの声が脳裏で響く。
『ノンちゃんは最後に抜くために最後尾におるんや!』
わたしは――最後に抜くためにいる。
最終コーナー。ガルディアスが必死に逃げようとするが、ペースが完全に落ちた。
「くっ……もたねぇ……!」
直後につけていたラディウスがその背中を捕える。
「玲那! 今だ!」
「行けぇぇぇぇぇ!!」
ラディウスが雄叫びを上げ、トップに躍り出た。直後、アスティオンが鋭いスパートでラディウスの外に並ぶ。
「ユリウスさん、捉えます!」
「いいぞアスティオン、そのまま抜けっ!」
二機のトップ争い。その後ろから、クロエがヴェルナーに叫んだ。
「行かせないっ……!」
「行け、クロエ!」
クロエも加速し、三機が横並びになる。
(ダメだ……届かない……)
最後尾から直線に入ったフリアノンの視界に、三機の背中が遠くに見える。
――怖い。脚が止まるかもしれない。また負けるかもしれない。
でも、その時。
『ノンちゃん! 抜いたれやあああああああ!!』
ミオの叫びが耳元で炸裂した。
(わたしは……わたしは――!)
フリアノンの脚が弾けた。
一機、二機、三機――
風を裂くように加速するフリアノン。ラディウス、アスティオン、クロエ、その全員を大外から一気に抜き去る。
「嘘……!?」
クロエが目を見張る。アスティオンの冷静な瞳に焦りが宿る。ラディウスが必死に食らいつこうとするが、その脚はもう残っていなかった。
――ゴール板を駆け抜ける。
スタンドから大歓声が上がった。
「やった……やったあああああああああ!!!」
ミオが涙声で叫ぶ。村瀬も震える声で唸った。
「ノン……強くなったな……!」
ゴール後、フリアノンは大きく息を吐いた。震える脚。張り裂けそうな心臓。
でも――
(わたし……やった……!)
彼女は、今年も皇帝杯(春)に続き、秋も制覇した。皇帝杯二連覇、そして春秋連覇――。その偉業を胸に、ゴール板の向こうに広がる空を見上げた。
空は、あの日と同じように、高く、青く、澄んでいた。




