第95話 令和16年名古屋場所①
横綱51場所目のコシは26歳になり、さらなる高みを目指す為、従来とは違った稽古を取り入れていた。ヨガやピラティスや水中散歩等で体幹や足腰を鍛え、出稽古にも積極的に参加しライバルになりそうな若手と共に汗を流した。部屋に戻ってからも中村(時天山)や山中(時虎丸)や越光相手の百番稽古に力を入れた。
名古屋入りしたのは7月になってから。宿舎で四股・摺り足・鉄砲で相撲は取らず、軽めの調整で本場所を迎えた。場所入りしてからは、稽古の貯金があったのか一日一番に集中して臨めた。初日、2日目と良い内容で勝つと新鋭の挑戦者をことごとく退け、中日給金直しで、猛稽古の成果が出た。同部屋の中村も中日給金直しで同部屋相星決戦の可能性は出て来た。ただ、場所の後半は上位陣同士の星の潰し合い。まだ中日を終えたばかりの状況では、全く予想がつかなかった。もちろん、優勝の大本命は4場所連続43回目の優勝を目指すコシである事だけは確かだった。
「しかし、コシは全く外食しないよな。ファストフードも食べない。」
「部屋のちゃんこだけでカロリーはとれてますから。」
「山中、中村、ひかり、お前等も外食ばっかりしてないでコシを見習え。」
「せっかく名古屋に来ているんですから、外食したって良いじゃないですか。」
「まぁ、親方、食事も強さのバロメーターですからね。どんなものを食べたって、本場所で勝てれば良いんですよ。」
「それはその通りだな。」
「自分は引きこもりですし、外食なんて滅多にしないんですが、それはそれで、悪い事はありません。まぁ、あくまでも自分の場合はですがね。力士にとって食事は最高の息抜きでもありますからね。地方場所なんかは特に外食が増える傾向にありますし、それと相撲内容は必ずしも比例しません。部屋のちゃんこだけ食ってれば良いと言うつもりはさらさらありませんが、自分の場合は部屋のちゃんこだけで強くなって来たくちですので、ついついそう言う事を言ってしまうんですよね。」
と、横綱越乃海に言わせては他の力士も外食を控えるのも、無理は無かった。あぁ、そうか。この横綱は外食しないから強いのかと、思えば中村の様に積極的に外食しても横綱になる力士はいる。どちらが正しいか正解は無かったが、それぞれのルーティンがあるのだなと、知る頃には力士生活が長くなっている。などと言う力士はザラにいる。人それぞれ過ごし方は違うだろうが、部屋の決まりやルールは守らねばならない。集団生活をしているのだから、門限やその他決まり事は、何があっても守る。序ノ口力士だろうが横綱だろうが、親方やおかみさんを心配させる行動は絶対にしてはならない。と思っている力士は少ない。何ともみっともないものである。前日どんな過ごし方をしても朝5時には稽古場に下りてくる。コシはそれをルーティンとしているのだ。誰も真似出来ないからこそ、コシは強く孤独なのである。そんなコシの支えはやはり家族である。守るべきものが出来ると軽はずみな事は出来ない。それが今のコシを形成したとも言って良い。結婚して子供が出来てからは特にその想いが強く地方場所ではトラブルを避ける為繁華街には近付かない様になった。それは自分が横綱越乃海だと理解しているからである。