第92話 令和16年春場所①
横綱49場所目のコシは、九州場所で痛めた右足の状態が抜群に良くなり、医師の見立てではほぼ完治していると言う事であった。コシの代名詞であるぶちかましも稽古で徐々に慣らして行った。
もう一人の時津川部屋の横綱時天山(中村)も、コシの立ち合いのあたりの強さが戻って来るのを感じていた。
「コシ関?怪我はもう大丈夫ですね?」
「あぁ、何とか筋肉がくっついてくれたみたいだ。」
「コシ!稽古不足だとまた怪我するぞ?」
「はい分かっています。」
大阪入りしたのは2034年3月1日の事であった。
「今場所のコシは調子良さそうだな。」
「はい。そうなんですよ。」
と、時津川親方が低姿勢で話している相手は、大阪時津川後援会の会長の平原さんであった。平原さんは、先代時津川親方の時代からコシを支援して来た一人であった。宿舎の手配、稽古場の提供等、様々な事を世話してもらっているのだ。
「平原さん!」
「おぉ、コシか?足の怪我大分良くなったみたいだな?」
「お陰様で良くなりました。ありがとうございます。」
「礼なら優勝してからにしてくれ。今年は荒れない春場所を期待してるぞ?」
「はい!頑張ります。」
そうして場所入りした。初日は新小結の長谷川との相撲。コシはしっかりぶちかまして相手に何もさせないまま、突いて押し出した。遮二無二出るのではなく冷静に相手を見て上ずっぱりにならない様にしっかりとした摺り足で、前に出ながら、勝利を勝ち取った。それからコシは中日まで8連勝で中日給金直しを達成。いつもの横綱越乃海のペースで、格下相手には無類の強さを発揮していた。所が他の横綱が軒並み成績が上がらなかった。横綱大鵬が4-4、横綱照の山が5-3、横綱時天山(中村)は6-2、大関陣は安高が6日目から休場。若本夏も4-4と精彩を欠いていた。大関以下の役力士も星が上がらず、いわゆる荒れまくりの春場所であった。コシの独走を許してしまうのか?後半戦は星の上がっていないコシ以外の上位陣の奮闘が鍵を握っていそうである。
場所中は自らスマホの電源を落とす。愛する家族と連絡を取り合えるのは、優勝した後か、場所が終わるまで。それまでは相撲に集中する。
「コシ関?マジでまだそんな事を続けてんすか?」
「先代の教えの一つだからな。先代の頃なら場所中の携帯使用は携帯真っ二つの刑か水没の刑なんて日常茶飯事だからな。まぁ、そのおかげで、余計な事を考えずに相撲が取れるんだけどね。」
「コシ関も若い若い言われてもう今年で26歳ですからね?」
「まぁ、それは仕方ないよな?年を取らない人なんていないんだし。」
「でもそんなんじゃゆいPに浮気されますよ?」
「分かってないな、ゆいPは越乃海以外の男を愛せないんだって。それに今は小さい三つ子の世話でそれどころじゃねーっつの。」
「なるほど。」
「それよりひかり?お前明日勝てば始めて幕下5枚目以内で初の4連勝じゃねーか?」
「見ててくれたんですか?」
「テメェの付け人の成績位把握しておくのは横綱としては当たり前だ。」