第91話 令和16年初場所(2034年)
横綱48場所目のコシは、先場所痛めた右ふくらはぎと右ハムストリングスの怪我の回復の為1カ月入院していた。相撲を取る稽古も出来ず初場所の出場は見送るのではないかとの見方が大勢を占めていた。
「なぁ、コシ?まだ先は長いんだからそう慌てて出場する事はないじゃないか?」
「慌ててなんていませんよ。もうとっくに肉離れは治っているんです。」
「ふくらはぎもか?」
「じゃなきゃ松葉杖無しで帰って来られませんよ。」
「じゃあ出場んだな?」
「出る以上は優勝をしなければなりません。」
「期待しても良いんだな?」
「もちろんです。」
とは言え、場所前の稽古不足は否めず右足にも多少の違和感はあった。
「こう言う時は立ち合いでかち上げてから、一気の突き押し相撲です。」
「ほう。その手があったか。でも足が出なきゃただの上ずっぱりになってしまうぞ?」
「左足は何ともないんですから、右足に負荷がかからないようにします。」
「それで左足も負傷している力士はゴマンといるぞ?」
「まぁ、見てて下さい。」
と、力強く答えた横綱越乃海であったが、有言実行。初日から千秋楽まで全てかち上げからの突き押し相撲で成績は驚きの14勝1敗で2場所ぶり40回目の優勝を勝ち取った。負けたのは横綱大鵬戦だけで、後は全て完勝であった。
「足大丈夫か?」
「15日日間しっかり土俵を務め上げられましたからもう、心配は不要かと?」
「あと6回優勝すれば、平成の大横綱白鵬関を越えられますからね。」
「そのレコード(記録)は時間の問題じゃないですか?」
「中村(時天山)帰ってたんか?」
「手負いのコシ関に優勝をかっさわれましたからね。」
「中村が、横綱・大関陣を総ナメにしてくれたから、優勝出来たんやで?本当に感謝しているのに。」
「とは言え、右足には不安が残っている。事実まだ、右足を軸にしたぶちかましは封印している。かち上げなんか誤魔化しやで?」
「まぁ、でもそれで勝てるんですから凄いですよね?」
「おぉ。」
「で?医師の見立てでは?」
「完治しているとさ。」
「じゃあもうテーピング要らないじゃないですか?」
「まぁ、四股・摺り足・鉄砲が気持ち良く出来てるからイケる思ったんだけどな。」
「ゆいPただいま。お!子供達は?」
「じぃじとばぁばの所に預けているわ。」
「まぁ、子育ても一人じゃ辛いだろうしな。」
「それより忍さんは?」
「子供達がじぃじとばぁばの所に預けている時は休んでもらってるの。」
「で?空いた時間にコンビニのパートに?俺の給料で足りないの?」
「うんう?そうじゃないの。私一人で家にいると落ち着かないの。だから何でも良いから仕事しようって。」
「夕食時にはちゃんとじぃじが車で三つ子を送迎してくれているわ。」
「そっか。俺が稽古に打ち込みすぎるから家の事ゆいPに任せっきりだった。ごめんなさい。」
「良いのよ。それが仕事なんだから。大横綱のくせにちょっと怪我したくらいで何この世の終わりみたいな顔してるのよ?」
「え!俺そんな顔している?」
「しているわよ。優勝したのに。」
「見てくれてたんだ。」
「まぁ、それくらいしか出来ないから。」
「今日はこれからまたリハビリでファイザッピのフクちゃんの所に行かなきゃならないんだ。ちゃんこは夜10時半でよろしく。」
「え?部屋のちゃんこは?」
「食べたけど、運動したらお腹減るでしょ?それにゆいPの飯めっちゃ上手くなったし。」
「なるほど。」