第90話 令和15年九州場所②
と、ここまではいつもの優勝パターンだった。アクシデントが起きたのは、9日目の関脇無双山戦の事であった。
立ち合いのぶちかましが不発で、土俵際まで押し返されるコシ。粘り腰を見せるもそのまま寄り倒された。
「ブチッ。」
「あっ!?」
直ぐに立ち上がれないコシは右ハムストリングスの肉離れをしてしまった。コシはよく怪我の状態を把握していた。その後相撲診療所で見てもらうと右のふくらはぎも肉離れを起こしている事が判明。そのまま救急車で病院に搬送された。
「コシ!」
「親方すみません。」
「一人でオーバーワークするからこんな事になったんだぞ?幸い全治1カ月。来場所には充分間に合う。今は無心で休め。」
「はい…。」
「途中出場はあり得ないからな。」
「それとご家族には連絡済みだ。至急福岡市内の病院に向かっているとの事だ。」
「ありがとうございます。親方?」
「どうした?」
「中村(時天山)に後は任せたと伝えて下さい。」
「あぁ、安心しろ。今日も横綱相撲で9連勝だしな。伝えておくよ。」
「あなた!!」
「ゆいP?子供達は?」
「東京のじいじとバァバの所に預けて、飛行機で飛んで来たわ。それより足大丈夫?」
「ふくらはぎとハムストリングスの肉離れ。当分は車椅子か松葉杖だってさ。」
「東京の病院に転院はしないの?福岡だと何かと不都合じゃない?」
「九州場所が終わるまでは福岡にいるつもり。」
「じゃあ私も側にいる。」
「良いよ別に。大した怪我じゃないんだから。」
「駄目駄目。こんな大怪我初めてなんだから私がばっちりマークしてあげないと。」
「ありがとう。ゆいP。近くにホテルもあるし、日中は看病しにくるから。じゃあ!」
「お!おい!ゆいP!…。」
「横綱、もうお休みになって下さい。」
「看護師さん?」
「師長の小野寺です。」
「師長さん、短い間ですがよろしくお願いします。」
「短い間?もしかして直ぐに転院なさるおつもりですか?」
「福岡では子供達に会えませんから。」
「そうですか。」
「何か悪い事でも?」
「この時期は11月場所と言う事もあり、少なくない力士さんたちが、過去にもあります。私の経験上、早期転院可能な力士は皆軽症でした。横綱の様に重症の場合は皆福岡で急性期医療を受けられてから東京に帰られるケースが多いです。せめて10日間は福岡で療養なされては如何でしょう?」
「11月場所が終わるまで6日あります。妻と話し合って、いつ転院するか決めたいと思います。」
「分かりました。お大事に。」
翌日午前。中村が場所中にも関わらず見舞いに来てくれた。
「コシ関?大丈夫ですか?」
「中村?昨日の今日でどうしたんだよ?」
「コシ関が重症だって聞いて、自分いても立っても居られなくて。」
「中村?今日の相手は?」
「関脇無双山戦です。」
「そうか…。まぁ、誰が相手でもしっかりお前の形に持っていければ勝てる。いや優勝出来るかも…。」
「絶対コシ関の敵は取ってきます。」
「敵は取らなくて良いが、自分の相撲を信じろ!」
「はい!」
こうして中村(横綱時天山)は全勝優勝で3度目の栄冠を手にしたのであった。
「あなた?良かったわね。」
「あぁ。」