第88話 令和15年秋場所②
まだ肉体改造を完了していないコシでもそう簡単には負ける事は無かった。後半戦三役力士との対戦が始まっても、コシはスタイルを変えずぶちかましからの突き押しや右寄つで勝利を重ねた。そして、10日目からは大関戦が始まる。
4横綱2大関体制に成って久しいが、ベテランの2大関である安高や若本夏の力は侮れない。とは言えコシからすれば格下である。ここは難なく通過12連勝とした。13日目は平幕で1敗の千代の山が挑戦して来たが、問題にしなかった。そして横綱戦。まずは現時点で2敗と負ければ優勝の可能性がなくなる横綱大鵬戦。逆にコシが勝てば優勝の可能性が濃厚となる一番。しかし、相手はコシがお得意様と表する程相性抜群の横綱である。何にも作戦など無かった。ぶちかまして、おっつけて押す、駄目なら突き押し。からの右寄つ。大鵬はこれまで幾度もコシに優勝をかっさらわれてきた相手だった。煮え湯を飲ませられたのは一度や二度ではない。いつしか大鵬はコシの優勝請け負い人とまで揶揄される事になった。
「ひかり!水くれ!」
「はい、どうぞ。」
「サンキュ。」
余計な会話はしない。それはひかりなりのコシへの配慮であった。横綱越乃海の付け人になり早5年。自分は幕下の上位を行ったり来たり。うだつの上がらないひかりはコシにカツを入れられる事もあった。もちろん、横綱の付け人として学ぶ事は多かった。優勝も何度も見て来た。いつしかこの横綱越乃海の付け人と言う仕事に甘んじている自分がいる事にひかりは気付いてしまった。成績を自分が上げられなくとも、コシが代わりに勝って来てくれる。それで満足している自分が情けなかったが、それでも良いと付け人の役割を全うしていた。
対大鵬戦。コシはまわしにこだわらない相撲で多く勝って来ている。まわしを与えると大鵬ペースになる。それは熟知していた。もう何度もコシが負けない理由はそこにあった。だが、分かっていてもコシの立ち合いの馬力は凄まじい。あのぶちかましからの突き押しは超強力である。大鵬でなければ、電車道でもっていかれるだろう。そんな事を考えながら仕切っているともう制限時間だ。最後の塩に分かれてタオルで汗を拭う。
花道の奥にはひかりや部屋の付け人達が固唾を飲んで見守っている。仕切るのは第42代木村庄之助。
「時間です。待った無し。」
「はっけよーい!のこった、のこった。」
「そこまで。」
立ち合い、左にズレた大鵬はコシの横について体勢を苦しくしようとしたが、コシは落ち着いて対応。右の強力な張り手一発で、大鵬は土俵を割った。大鵬陣営はガックリ。そしてもう一人の1敗だった横綱照の山も中村(時天山)に敗れ2敗に後退。この瞬間コシの5場所連続39回目の優勝が決まった。千秋楽を待たずしての優勝達成は何度目だっただろうか?
「フクちゃん、ゆいP見てる〜?」
優勝インタビューで大切な人の名前をつい口走ってしまった横綱越乃海だった。
「コシ関?40回目の優勝に王手ですね?」
「あぁ、んなもん通過点や。」
「おお、力強い言葉ですね。」
と、メディアには塩対応であった。