第87話 令和15年秋場所①
横綱46場所目のコシは、土俵での稽古よりも土俵外でのトレーニングに時間を割いていた。
「そうですよ。コシ関、その調子。」
「ガチでキツいわ。」
「今165kgでもう5kg落とせば相撲にもスピード感が出ますよ。」
「そりゃぁスポーツ力学的にはそうだろうけどよ。フクちゃん?マジで立ち合いの馬力が落ちないかが心配なんだけど?」
「ならば部屋に戻って確認して来てはどうですか?」
「分かった、1日試して見る。」
「あ、コシ関?何処か悪いんですか?」
「いや、パーソナルトレーニングに行ってるだけ。新境地を開拓してるんだよ。そんな事より中村(時天山)?稽古付き合え!」
バシン、バシンと威勢の良い体のぶつかる音が時津川部屋の中で響き渡る。
「どうですか親方?」
「んーん。いつものコシよりはスピード感はあるが、パワーと言う点では今ひとつだな。」
「パーソナルジムばっかり行ってるからですよ?」
「仕方無いだろ?減量中なんだから。」
「フクちゃん?やっぱりパワー落ちてるみたいだわ。」
「じゃあ減量をやめて、筋肉をつけて、増量しましょう。」
「何ぃ!?」
「せっかく落とした5kgまた戻すの?」
「ぜい肉の5kgと筋肉の5kgどちらが強いかはコシ関が、一番理解しているはずです。でも今までよりも、もっとハードなトレーニングになりますよ?」
「あぁ、覚悟はしている。」
「ではこの続きは場所後という事でよろしいですか?」
「そうだな。フクちゃん、これ。」
「何すか?」
「トレーニング代。」
「いやいや。今月分はちゃんと頂いていますから。駄目ですよ受け取れません。」
「まぁ、そう言わずに。政治家の賄賂とは違うんだから。」
コシはフクちゃんに10万円のボーナスを渡していた。フクちゃんはあまり嬉しそうでは無かったが、それでは稽古相手の代わりを務めてくれるパーソナルトレーナーフクちゃんに申し訳がつかない。
「これでも少ない方だよ?」
「横綱って凄いんですね?」
「まぁね。」
場所入り直前までパーソナルトレーニングをしていたコシだったが、しっかり初日に照準を合わせてきた。立ち合いに違和感は無かったのだが、馬力が少しだけ足りてない事に気付いた。その分スピードは格段に上がっていた。
「コシ?お前のベスト体重はナンボや?」
「170kgです。」
「それで今は?」
「165.5kgです。」
「パーソナルトレーニングで一生懸命減量したのは良いが、馬力を落としているじゃないか?まぁスピードは格段に上がっているからな。」
「これからの方針としては、トレーニングで筋肉量を増やし170kgに戻すとトレーナーと確認済みです。」
「ほう?」
「オーバーワークになるなよコシ?」
「ファイザッピか…。べらぼうに高い月謝を取るけど結果にコミットする事で、会員数を増やしているパーソナルジムか。まぁ、今のコシがもう一段階ギアを上げた稽古をするならパーソナルトレーニングしかないか?」
「これも稽古のうちですから。」
と、まぁ何やかんやバタバタしたがコシはしっかり、中日給金直し。格下にはほぼ負けないコシの強さが出た。それから照の山や中村(時天山)ら他の横綱達も、中日給金直し(勝ち越し)で後半戦を迎える事になるのであった。