第86話 令和15年名古屋場所
横綱45場所目のコシは、100%の力でぶちかませるようになり、げんの良い名古屋場所での優勝に照準を合わせて、中村(時天山)ら関取衆と猛稽古を重ねていた。
「良いぞ、コシ。その立ち合いだ!」
「怪我も癒え、骨もしっかりくっついていますから。何の心配もいりません。」
「怪我した時は血まみれだし、何言ってるか分からないから、これでコシも終わりかと、思うたで。」
「阪北大学の阿南先生がいなかったら、本当にそうなっていたかも知れませんね。」
「阿南先生のオペが成功したから、またこうやって名古屋のファンの皆様の前で相撲がとれるやで?」
「怪我の功名言うんですかね。相撲のスタイルが丁寧になりましたね。コシ関は。」
「全治6カ月の所を4カ月で治しカムバックするなり、優勝しよるもんさかい、びっくりしたで?」
「不屈の横綱越乃海ですから。そこは。」
とまぁ、また名古屋の相撲ファンの皆様の前で100%の力で力士として相撲をとれる事を幸せに思うコシであった。場所入りしてからは一転軽めの稽古に切り替えて土俵に上がった。10代で横綱になってから、7年半。コシも25歳になっていた。
「親方にはあと5年位だと言われています。」
「何が?」
「力士生命ですよ!」
「30歳で現役を辞めて親方になって、スターを育っているってか?」
「まぁ、そんな所です。」
「怪我さえ無ければもう10年は行けるだろう?」
「人生そう上手くは行かないですよ。」
「まぁ、確かにな。膝や下半身だけでなく、鍛え上げられた上半身も少し気を緩めると怪我をしてしまうからな。」
と、時津川親方と相談するコシの姿があった。これまでは多少の無理は利いていたが、これから先はそうは行かない。豪快な投げ技や土俵際でのうっちゃり等は絶対駄目だ。そんな心配等は嘘のように、14連勝。千秋楽を待たずして4場所連続38回目の優勝を達成した。ところが千秋楽。全勝優勝を狙った横綱照の山戦コシは敗れた。土俵に落ちた際に俵に右足を打ちつけるアクシデントがあった。幸い大事には至らなかったものの、大事には至らなかった。ファンや時津川部屋の関係者はヒヤリハットした。コシにとっては、連勝が止まり、優勝した力士とは思えない様な顔をしていた。
優勝力士インタビューでも優勝の事よりも千秋楽に敗れた事が悔いだと話していた。大怪我になりかねない自身の敗北で名古屋場所をコシは悔やんでいたが、来場所に切り替える令和の大横綱であった。
「怪我なんてものはね。弱いからするんですよ。自分への甘さや慢心が怪我を招くんです。もちろん、自分より強い相手に無理をして怪我をする事もあります。」
と、NHAの取材で越乃海は語っている。とは言え、角界の第一人者の言葉は重かった。弱いから怪我をする。それがコシの持論であった。確かに強い人は怪我をしない。怪我に苦労する横綱は綱の重みを知るべきとコシは常々言っている。過去の時代を作り上げて来た大横綱達も怪我をしなかった。