第84話 令和15年夏場所①
横綱44場所目のコシはようやくぶちかましの稽古が出来る様になり、時津川部屋のもう一人の横綱時天山(中村)との申し合いも全力で出来る様になっていた。
「そうだ、コシ!その立ち合いだ!」
「はい!」
「中村もコシの立ち合いを見習え!」
「はい!」
「中村、来い!」
「ウシっ!」
ところで何故中村は自分の四股名や横綱と呼ばれ無いのか?と疑問を持たれる読者も多いだろう。理由は2つある。まずは四股名。時天山は先代時津川親方の四股名と同じであると言う事。2つ目は越乃海と言う大先輩がいると言う事。以上の2点の理由から横綱になっても時天山は、本名の中村で呼ばれ続けている。中村本人も、特段思う所は無く、後輩力士からも、中村関と普通に呼ばれている。実力では先代横綱時天山をもしのぐ強い左寄つの形を持っており、形にハマれば越乃海ですら敵わない。
最も相撲界もDXトランスフォーメーションの時代であるから、分析されて中々左を差させてもらえないのが現状だ。同じ事は、コシにも言える。神の右とも呼ばれるコシの右上下手。コシの場合はぶちかましやかち上げにもろはずと言った、立ち合いのバリュエーションがある為、右まわしにこだわらなくても勝ててしまう。のだが、動きが止まると急にそれまでの勢いが止まる相撲がたまにある。そこがコシ攻略の最大のチャンスなのだが、中々そこまでコシを追い込む力士が現れないのが現状である。
あの中村でさえ、稽古の時は良いように土俵に転がせられる。右が充分で無くても、立ち合いのぶちかましで一気に土俵際に持って行く。相手力士に何もさせずどうしょうもないと言う状態にさせるのがコシの作戦だ。注文相撲にもコシは滅多に食らわない。しっかり当たる事を意識しながらも、相手の動きをよ~く見ている。そこがしゃにむにぶつかるだけの中村のぶちかましと異なる所である。
それでも横綱になれたのはコシや引退した元横綱豊山に、もまれてもまれて、身に付けたぶちかましからの左寄つでここまで勝ってきた。だが中村のぶちかましは、コシのそれとは天と地ほどの差がある。中村もそこは理解していて、格下相手ならそれでも通用するが、大関・横綱クラスとなると、ぶちかまし一本と言う訳には行かず、かち上げを使い分けていた。だが、かち上げは言わば相手の状態を起こす為だけの立ち合い。コシの様に突き押しの力があれば良いが、中村の突き押しは、見るに耐えない。鉄砲をサボっている訳では無いが、コシの様に入念に鉄砲を打っている訳では無い。あくまでも中村は寄つにならなければ勝てない。ぶちかましのバリュエーションもコシほど無い。その為にコシの様に安定して勝てない。立ち合い負けし、自分の相撲が取れない中村と、立ち合い負けしても二の矢、三の矢があるコシでは、同じ横綱でも勝率が全く違う。稽古でコシに学ぶ事はまだまだあるはずだ。
さて、場所入りしてからはコシや中村ら横綱陣が優勝争いをリードして行く(とは言えまだまだ前半戦だが。)と言う展開。コシは、余裕で中日給金直しで無傷のまま後半戦に入って行く事になる。中村(時天山)も中日給金直しと、時津川部屋の横綱2人が存在感を見せていた。