第81話 令和15年初場所①(2033年)
「謹んでお受け致します。不撓不屈の精神で横綱の名を汚さぬ様に精進致します。本日はありがとうございました。」
と中村(時天山)は、横綱昇進の伝達式でこう口上を述べた。第80代の横綱時天山(2代目)が誕生した瞬間であった。
横綱42場所目のコシは顔面骨折からの休場明けの場所となる。場所前はぶつかり稽古はせず、幕下の力士ともろはずからの突き押しのスタイルを入念に確認していた。ぶちかましは、まだドクターストップがかかっていた為、かち上げなども使い分ける形となった。特にもろはずは、まだ未熟であり、関取相手に使った事がほとんど無い代物であった。とは言え、3場所ぶりに土俵に帰ってきたコシへの優勝を期待するファンは多かった。
「フクちゃん?今度相撲見に来ない?良い席押さえておくよ?」
「マジすか?コシ関の勇姿を生で見れるなんて?はっ…。」
「そんなに感動する事じゃないだろ?」
「じゃあ5月場所の千秋楽をお願いします。」
「了解。なるべく土俵に近い所を押さえるつもりだけど、ちょっと遠くても勘弁ね。」
「何せ千秋楽ですからね。」
「じゃあ今日もパンプアップしょっか?」
「はい!喜んで。」
と、まぁ顔以外は何の問題も無かったコシだが、ぶつかり稽古なし、ぶちかまし駄目の場所入りは流石の横綱越乃海でも不安がある事に違いは無かった。
令和15年初場所初日。この久し振りの感覚にゾクゾクした。中村(時天山)は不知火型の横綱土俵入りをファンに初めて披露した。4横綱2大関で迎えた2033年(令和15年)初場所は果たして誰が優勝するのか、まだ読めなかった。
コシの初日の相手は本来のコシの馬力が出せれば九分九厘負けない小結猿飛であった。立ち合い猿飛は右方向へ八艘跳びを見せコシを慌てさせたが、これには上手く体位を寄せて寄り切りで勝利。落ち着いて横綱相撲を取った。中村も自分の相撲で完勝。時津川部屋の2横綱は共に白星発進となった。それから、コシは稽古して来たもろはずやかち上げを多用し、泥臭くも中日給金直しで、優勝争いをリードして行く。と言ういつもコシが優勝するパターンに持ち込んだ。
「ぶつかり稽古してないのにこの成績は凄いな。信じられない。」
「まぁ、これ位はハンデがないとな。」
「問題は後半戦ですね?」
「己の事を心配せぇ、中村!」
「6勝2敗じゃ新横綱優勝は確かに厳しいな。」
「それは言えてますね。」
「コシ関?顔の方はどうですか?」
「骨は完全にくっついているし、少し位ぶちかましたってどうって事は無い。」
「完全なぶちかましは出来ないんですね?」
「まぁ、元々かち上げやもろてからの突き押しは武器として持っていたからな。その結果が前半戦では出せたんじゃないかな?」
「あんまり私は感心しないな。」
「時津川親方!?」
「綱の責任がどうのこうの言える立場には無いが、横綱なら胸を出すとか立ち合いの工夫はあって然るべき。やり様はいくらでもあったはず。まぁ、ぶちかませるようになれば、それが一番だし、かち上げやもろては一時的なものだと思いたい。」
「はい。」
「それから中村。2敗はしたが勝っている相撲は好内容だ。その調子でやれ!」
「はい。」
時津川親方はコシの横綱としての品格を問うた様だ。安易なかち上げやもろては横綱らしくない。ぶちかましが出来ないなら胸を出す。それが横綱としての戦い方だと時津川親方は説く。コシもそれは分かってはいた。