第80話 令和14年九州場所②
大関時天山は休場している横綱越乃海の分もと、奮闘していた。それは越乃海がいないのは時天山にとっては千載一遇のチャンスでもあったからであった。
言葉にはしないが、この期を逃せば横綱に上がるのは極めて難しくなる。そう認識していた。
「ねぇ?フクちゃん?フクちゃんの作ったメニューを家政婦の忍さんに作って貰っているんだけど、結果は出てる?」
「良い感じで落ちてますよ。メニューはあくまでも目安ですからぴったりこれ!じゃなくても代替食材も書いてあるはずなんですけど?」
「稽古は再開しましたか?」
「はい。四股、摺り足、鉄砲等は怪我していても出来ますからね。」
「適度な稽古と適切な食事で無駄な脂肪を落としてます。今は168.5kgですからあと3.5kg頑張りましょう!」
「はい。」
「忍さん。今週もこのメニューでよろしくお願いしますね。」
「はいはい。任せて下さい。」
「お手数おかけ致します。」
「何言っているんですか?これも仕事ですから気にしないで下さい横綱。」
「子供達まだミルクですか?」
「ええ、離乳食にはもう少し時間かかると思います。」
「太さん?子供達の事は私と忍さんに任せて、しっかり療養してください。」
「お、そっか。じゃあ医者行ってくるな。」
「はいはい。お好きな様に。」
「横綱?もう骨くっついてますがな。もうギプス外せますよ?」
「本当ですか?じゃあぶつかり稽古も?」
「それは駄目ですよ。また折れたらえらいことになる。もう少し様子を見ましょう。」
「はい、ドクター。」
「ヘルメットみたいなギプス取れて良かったね?」
「太さん!中村さん(時天山)の一番よ!」
「おう!」
「右寄つで琴羽黒を問題にしなかったな。これで12連勝だな。いよいよ、明日からは横綱戦だな。」
「1敗同士の大鵬、照の山の横綱戦。ここが山だな。」
「私、相撲の事よく分からないけど怪我し無ければそれで良いんじゃない?」
「まぁな。でも力士には白星が一番の良薬なんだ。体の事は後付けだ。」
「怪我をする奴は弱いんじゃないの?」
「そうじゃない事もある。相撲は特にな。」
「危うく死ぬかも知れなかったんだよ?」
「ゆいPの心配は分かる。横綱としてあんな相撲しか取れなかったのは反省している。でもやっぱり…。」
「自分の弱さを認めたく無かったのね?」
「あぁ。」
全治3カ月の顔面骨折を負ったコシはミルクプロテインや、ヨーグルトなどカルシウムをとり四股を踏んだ。そのおかげで、医師の読みより1カ月も早く完治した。これでぶつかり稽古が出来れば、来場所からはまた出場出来る。
遠く九州・福岡国際センターでは千秋楽が行われていた。ここまで14戦全勝の大関時天山と同じく14戦全勝の大関安高の相星決戦にもつれ込んでいた。安高は、兄弟子のコシを大怪我させた因縁の相手である。絶対に負けられない。第45代式守伊之助の合わせる一番。
「待った無し。手を下ろして!」
「はっけよい!のこった、のこった。」
眼と眼を合わせて珍しくぶちかました両力士。立ち合いは互角。まわしを与えたくない安高は必死に突き押しで来る。それに対して時天山は喉輪で対抗。最後は土俵際の突き落としで楽日決戦を制した時天山が2場所連続2回目の優勝を達成し、場所後の横綱昇進を確実なものとした。
「おめでとう中村。」
コシはただそう言った。