第79話 令和14年九州場所①
横綱41場所目のコシは先場所の顔の怪我の回復が思わしくなく全休となり、両国の自宅で家族と過ごす事になった。
「中村(時天山)いよいよ綱取りだな?」
「はい。」
「TVの前で見てるからな。絶対綱掴め!」
「中村さんなら絶対出来ます。」
「ゆいPさん…。」
「中村、何ぼさっとしてる?電車乗り遅れるぞ?」
「はい!直ぐ行きます!」
「怪我人の事なんか気にするな。時天山(2代目)強し、って所を見せてやれ!」
「はい…。行ってきます!」
時津川部屋の力士達が福岡入りしたのは、場所の1週間前の事だった。中村こと大関時天山は、部屋の関取衆と軽めの調整。そして令和14年九州場所初日を迎えた。時天山は初日こそ固さが見られたが、白星を重ねて行く内に本来の時天山らしさが見られる様になり、前半戦は中日給金直しと、これ程絶好調の時天山は未だかつて見た事が無かった。もちろん優勝争いは、単独先頭で綱への視界は良好であった。
「ゆいP?ちょっとジム行ってくるね。」
「うん。気を付けて。」
コシは会員制パーソナルトレーニングジム大手のファイザッピと複数年契約を結び、肉体改造に取り組んでいた。
「お!横綱。まだ顔の怪我治らない?」
「治ってたら九州場所行ってますって。そういやぁ、店長は?最近見ないけど?」
「ちょっと事情があって2週間前に電撃退社しちゃいました。」
「マジかよ?じゃあフクちゃんマネージャーから店長に昇進だ?」
「だと良いんですけどね、本社から両国支店に”刺客“が送られて来ましてね。その人が店長で自分はマネージャーのままです。」
「そっか。じゃあフクちゃんいつも通り2時間位でよろしく。」
「了解です。」
「部屋の大関が綱取りでね。気合入るのよ。」
「時天山関でしたっけ?」
「そうそう。フクちゃんよく知ってるね?」
「ここを何処だと思っているんですか?コシ関?両国っすよ?」
「ハッハッハ。確かに。んでさ話変わるんだけど、もう5kg絞りたいんだけどどうかな?」
「現状170kgありますからね。それが165kgになった所で筋肉は落ちないでしょう。分かりました。5日分の献立プリントアウトして来ますんで。」
「助かるよ。」
「スピードアップしたいんですか?」
「それならもっと落とさなきゃ駄目さ。5kgでも力士にとっちゃあ大事なんだ。白か黒か星の色に直結するからね。体重は。」
「入門時で150kg位でしたよね?」
「スーパー中学生じゃないですか?」
「それでも全中ベスト4止まりだったんだぜ?」
「上には上がいたんですね?」
「フクちゃんはなんでファイザッピに?」
「元々は営業職のサラリーマンだったんですけど、筋トレが好きで転職して早5年目ですわ。」
「このバキバキの身体は趣味がこうじてなったのか?」
「横綱お疲れ様でした。時間です。」
「お、もうそんな時間か。」
「またのご来店お待ちしています。」
「あれ?ゆいPからメールだ。」
「豚バラ肉とモヤシを買って来て下さい。」
「了解っと。」
「ただいま。ゆいP頼まれた物買ってきたよ?って言うか忍さんいる?」
「忍さんなら今お風呂洗って貰ってるけんだけど?」
「忍さん、これ誠に勝手ながらファイザッピで貰って来たレシピなんです。ゆいPや子供達とは別メニューでお願いしたいんですが?」
「はぁーい。了解です。」
「ゆいP?今日忍さん機嫌良いね?」
「忍さん、中村さんの大ファンでね。」
「え?忍さんって中村推しだったの?」
「はい…。」
「横綱の俺としては複雑だな。」