第7話 初めての優勝決定戦
本割りで敗れ13勝2敗となった越乃海は、初めての優勝決定戦に臨む事になった。相手はつい先程敗れたばかりの大関豪昇龍である。大銀杏の結えないザンバラ髪のコシは床山に髪を整えて貰うと、水を一口飲んで直ぐに支度部屋を出た。
付け人の豊の里と少し会話をしながら体を仕上げるコシ。本割りでの敗因は立ち合いだ。大関なら変化は無いと過信しすぎて大関の変化を喰らってしまった。今度は当たりの出力をフィフティフィフティで様子を伺う作戦に変えた。
一方の大関豪昇龍は変化で勝てていた事に味を占めていたが、こんな相撲ではファンも師匠もがっかりだろう。正々堂々と迎え撃って大関らしく勝ってこそ、来場所に繋がる。まだ17歳の若武者に変化をしている様では横綱は目指せない。大関も、少し大銀杏を直して貰い、汗を拭き水を一口飲むと顔つきが一転勝負師の顔に変わった。
拍子木の音が鳴ると二人の関取が一緒のタイミングで東と西の片屋からそれぞれ土俵に向かって歩き出して来た。満員御礼の両国国技館は今日一の拍手に湧いた。呼び出しが二人の関取を呼び上げた。
「にーしー。越乃海。ひがーし。豪昇龍。」
裁く行司は第42代式守伊之助。勝負審判5人の親方達もそれぞれの位置に着いた。拍手に湧く、さぁ大一番。互いに睨み合い直ぐに制限時間一杯を迎えた。会場のボルテージも最高潮だ。
「待ったなし!手をついて!」
先に拳を降ろしたのはコシだ。それに後追いする大関。
「はっけよい!」
と、相手の大関豪昇龍の様子を見ながら立ち合うと、変化は無いとみるやコシがギアチェンジ。徹底して突っ張る。まわしを与えない作戦の様だ。突き押しとなればコシにも充分勝機はある。
「なぁ、トヨ?大関はどこかで引いてくると思うか?」
「あまり引くイメージはありませんがコシ関の突っ張りには相当な威力がありますからね。自分なら必ずどこかで引きたい所です。」
と、そのフレーズが頭をよぎった瞬間であった。大関豪昇龍が引いてきた‼その一瞬を逃さず一気に突き出した。
越乃海太、2場所連続2回目の幕の内最高優勝をもぎ取った瞬間であった。これで来場所は新関脇で大関取りの場所になりそうである。と、勝負が決した途端先の事を考えるスペースが出来てきた。
「トヨ?これは夢じゃないよね?」
ぺし!
「痛い!?」
「現実だ。」
「これでまた部屋が潤うな。」
「はい。付け人として鼻が高いです。」
「トヨ?早く十両に上がって俺の付け人なんか卒業しろよ?」
「じゃあセレモニー行って来るな。」
「はい。」
「優勝は嬉しいけどセレモニーが長いんだよな。」
と、愚痴りながらも、17歳3ヶ月の幕内連覇の最年少記録を打ち立てたコシは改めて凄い力士だと思った。
「コシ!おめでとう!」
「勝大兄さん!?」
「オープンカーの手配なら済んでます!」
「早く着替えてパレードや。ファンの皆様もお待ちかねや。」
相撲界に彗星の如く登場した日本人力士のホープ誕生に大きく湧いた令和7年秋場所は小結越乃海の2度目の優勝で幕を閉じた。
「おお!越乃海よくやったぞ!」
「ごっつぁんです。」
「部屋の食糧も当分は困りませんね。」
「流石、令和の怪物。次は大関だな。」
「関脇で足踏みなんてパターンも?」
「コシに限ってそれは考え難いな。」