第78話 令和14年秋場所②
安高、若本夏と、対大関戦も制して12日目に全勝で横綱照の山戦を迎えた時天山(中村)は、立ち合い勝負かと思われたが、何と右方向へ変化。真っ向勝負かと思っていた横綱は、脇に食い付かれ、苦しい体勢に。その後も休まずがむしゃらに前に出た時天山は、送り出しで横綱照の山に快勝。時津川親方には立ち合いの注文相撲を厳しく突っ込まれたが、勝ちは勝ちだ。残る横綱は大鵬だけとなった。13日目、14日目は平幕の好成績者との対戦だったが、ここは格の違いを見せて連勝。いよいよ14戦全勝で千秋楽を迎えていた。尚、コシは10日目の大関安高戦で顔面を強打し途中休場となっていた為、中村は千秋楽1敗の横綱大鵬を倒せば初優勝が決まると言う状況になっていた。
「コシ関大丈夫ですか?」
「あぁ、顔から土俵に落ちた俺の弱さだ。気にせず優勝しろ中村!」
「はい!」
「一つだけ大鵬戦でのアドバイスをしてやる。これさえ守れば、照の山戦の様な変化をせず楽に勝てる。」
「マジすか?」
「立ち合いはもろはずで大鵬の状態を起こせ!そこから一気に引け。それでも、まだしぶといなら突き押しで仕留めろ。決して大鵬にまわしを与えるな。」
「はい。」
「中村!お前ならやれる。」
「はい。」
「本割で負けても優勝決定戦があるなんて考えるなよ?」
「はい。」
「じゃあ俺は病院戻るからあの事はひかりに聞け。明日の付け人にしてやる。」
「…。って事なんだけどさ、ひかりはコシ関の作戦どう思う?」
「もろはずからの引きからの突き押しですか?いつもコシ関が大鵬関に勝っているパターンの一つですね。でも真に受けない方が良いですよ?」
「何?」
「コシ関に出来ても中村さんには、しっくり来ないやり口でしょう?手負いでも何でも無いんですから、中村さんの出足鋭い立ち合いから素早く左寄つになって勝ってきた経験があるじゃないですか?」
「ひかり…。専任でも無いのに、研究熱心だな?」
「実力がないならこうした所で力を発揮しないと。ただ飯は食えないですからね。」
確かにひかりの言う事の方が一理ある。立ち合いでもろはずなんてやった事無いし、自分は大鵬関にまわしを与えたとしても、左寄つなら80%以上の確率で勝つ自信はあった。
そして、令和14年秋場所千秋楽結びの一番を迎えた。ここで勝てなければ決定戦でも負けるかも知れない。中村はそう覚悟していた。あっという間に最後の塩に分かれる。これまでの対戦成績は五分五分。勝つには左寄つしか無い。
「はっけよい!のこった、のこった!」
第41代木村庄之助の声が両国国技館に響く。
「そうです!良いですよ中村さん!」
くくっ駄目だ。左を取らせてくれない。
「ほう。寄つで勝負に来たか?」
「のこった、のこった!」
「止まったら負ける!がむしゃらに行け!」
「こんなぁあ。」
「し、しまった。」
「上手投げ!?大関時天山初優勝を全勝で決めました!」
「ナイスです。あそこで上手投げはかなりギャンブルでしたが。」
「ガラ空きだったからな。楽勝だぜ?」
「中村、おめでとう。来場所はいよいよ綱取りだな?」
「はい。コシ関は来場所は?」
「無理はしないつもりだ。まぁ今場所はよくやった。」