第77話 令和14年秋場所①
横綱40場所目のコシは、時津川一門連合稽古に参加するなど、ゆたかの穴を埋めるべく部屋外の力士との稽古に力点を置く様になっていた。
打倒コシを掲げる横綱大鵬や横綱照の山らの部屋にも出稽古し、積極的に胸を借りた。角界の第一人者となった今でもその向上心には目を見張るものがあった。
「コシが出稽古?いつも部屋で調整するアイツが珍しいな。」
「自分だけじゃ物足りないんですかね?」
「いや、それは無いと思うぞ?中村(時天山)との稽古だけでもコシレベルなら充分整うはずだ。」
「では何故今になって出稽古を?」
「更に上のレベルを目指しているのと違うかな?」
「とは言え、オーバーワーク気味では?」
「中村?お前もコシ並みに稽古したら横綱は手の届く所にあるぞ?」
「それは厳しいっすよ。あれだけハードワークして怪我をしないのが、不思議ですし横綱の体力は尋常じゃない。」
「そんな弱気でどうする?綱取りに行かないのか?」
「コシ関がいる以上、直接対決は無いと言っても、一つでも星を落としたら優勝は絶望的になりますからね。そのプレッシャーに打ち勝ち二場所連続の優勝を続ける自信は今の自分にはありません。」
「まぁ、そう言わずもう人踏ん張りしてみろ?相撲の神様は必ずチャンスをくれる。そう信じてやってみろ?」
「相撲の神様…ですか。」
と、はっぱをかけられ、ひそかに打倒コシを誓う中村(時天山)は初日から8連勝で中日給金直しを達成し、横綱越乃海と共に優勝争いの先頭に立って後半戦に突入した。
「ゆいP?パンパース足りてる?」
「うん。あ、そうそう今日ね中村さんが3人分の玩具届けに来てくれたのよ。」
「中村が?場所中なのに?まぁ、ありがたいけど。」
「ちゃんとお礼してあげてね?」
「あぁ。」
「コシ関!?」
「玩具ありがとうな。お互い後半戦頑張ろうな。」
「はい!」
事実上の部屋頭である中村と名目上の部屋頭であるコシのやり取りを見ていた時津川親方は、中村にこう言った。
「敵に塩を送ったつもりらしいが、あまりコシの場合効果はないぞ中村?」
「いえ。別にそんなつもりはありませんよ。」
「まぁ、ここまでは120点の出来だ。大関・横綱戦を前に勝ち越せたら気持ちも楽だろう。後はチィッとばかり期待して、全勝優勝を目指せ!そうすれば越乃海との優勝決定戦になる可能性もある。余計な事を考えず一番一番集中していれば、自ずと結果は付いてくる。いいな?」
「はい!」
「全勝しても優勝出来ないなんてレベル高すぎだろう?」
「そう言う所で横綱越乃海は戦っていると言う事だ。中村?お前のポテンシャルの高さは引退した豊山以上だと私は思っている。豊山はな少しだけ掴めるチャンスを逃さず横綱になったんだ。横綱になってからはパッとした成績は残せなかったがな。」
「いわゆるシルバーコレクターって奴ですね。」
「中村!まずは初優勝だ。それを成し遂げなければ、挑戦権すら与えてもらえない。それが横綱だ。いいな?」
「はい!」