第76話 令和14年名古屋場所
横綱39場所目のコシは忍を雇ったおかげで、以前の様な稽古に集中出来る様になっていた。
「忍さんのお陰で本当に助かっています。」
「ありがとうございます。家政婦名利につきます。」
「忍さん、これ少ないけど…。」
「え?こんなの(現金)頂けません。」
「良いんですよ。感謝の気持ちですから。」
「では遠慮なく。」
「これからは名古屋場所も始まりますし、何かと忍さん頼みになりますから。」
「越乃海の言う通り私一人じゃ心細いです。」
「横綱、ゆいPさん。」
「ってぇ理由で明日から名古屋入りするのでよろしくお願いします!」
「優勝必須だからね?」
「おう、任せろ!」
7月上旬に名古屋入りしたコシは中村(大関時天山)と共に稽古を重ね、場所入りを迎えた。初日からエンジン全開のコシは、中日給金直しをし、14日目まで全勝をキープ。追う力士が次々と敗れた為、千秋楽を待たずに優勝が決まった。千秋楽でも横綱照の山をかち上げからの右寄つで倒し、全勝優勝を達成。これで、横綱越乃海は8場所連続34回目の優勝となった。大関時天山(中村)は11勝4敗とまずまずの成績だったが、コシには敵わなかった。
「ただいまー!」
「横綱、やりましたね。」
「もう当たり前になってるから感動が無い。」
「そう言うなって。今場所もがっぽり稼いできましたよ!」
「懸賞金と優勝賞金です!」
「あら、懸賞金がいつもより少ないみたいだけど?」
「下位力士との対戦ではもうほぼ勝確だから懸賞金が目減りしているんだ。」
「まぁ、強い力士の宿命ね。」
「豊山が辞めちまったからな、部屋頭としても色々出費があってね。」
「中村には一刻も早く綱をしめて貰いたいのだが、イマイチパッとしねぇんだな。時津川親方からは頭打ちなんじゃねーかと言われる始末。稽古が足りない訳では決して無いのだが…。」
「コシ関?」
「おう、丁度テメェの話をしてた所よ。で、何?」
「あと12回優勝したら、優勝回数の新記録ですね?」
「そんな事はどうだって良いんだよ。こちらとら、貴様の行く末を心配して…っておい!」
「大きくなられましたね。」
「おかげ様でな。」
「こちらの方は?」
「家政婦の荒垣忍さんだ。」
「まぁ、そうっすよね。横綱は家に引きこもる訳には行かないし、ゆいPさん一人じゃ大変ですもんね?」
「う!いってぇ。」
「人の家庭の心配なんざしなくて良いんだよ。この越乃海に勝とうという気概は無いのか?」
「そりゃあ勝ちたいですけど、越乃海と言う横綱が強過ぎるんですよ。」
「そりゃあ言い訳だ。そんな事を言い訳にしている様じゃ、綱はれないぞ?時津川親方や後援会の皆様が中村にどれ程の期待をして、時天山の四股名を与えたと、思っている?」
「それは…。」
「大関で満足か?それよか優勝ずらしてないじゃないか?」
「これじゃあファンの皆様はガッカリだぞ。少なくとも、ゆたかや俺を育ててくれた師匠や後援会の人は納得しないぞ?」
「もう一度初心に帰って一からやり直すんだ。その為の稽古に俺は付き合う。全力でサポートする。俺達力士には稽古とちゃんこしかねーんだ。それくらい分かるだろ?そもそも先代時津川親方(初代横綱時天山)が生きてたらばそうさせるよ。きっと。」