第74話 令和14年夏場所①
横綱38場所目のコシは23歳で迎える最後の場所に向けて、精力的に稽古をこなしていた。
「え?稽古場に子供達を?」
「まだ早すぎたかしら?」
「いや、俺は反対する理由は特に無いけんだけど?」
「こう言うのに早すぎるって事は無いと思うの。」
「ゆいPまさか、子供達を力士に?」
「決めるのは子供達だけどね?」
「時津川親方に聞いてみるよ。」
「え?コシの子供達を稽古場に?まだ1歳にも満たない赤ん坊達じゃないか?」
「安全には充分配慮しますので!」
「分かった。許可しよう。」
「へぇ~。あれがコシ関のブラザーズ達ですか?」
「歳の割にはビッグBabyですね?」
「それ、ドクターにも言われたよ。3人とも大きくなるぞ?」
「まわしじゃなくて、おしめまいてるじゃないですか?」
「もう少し大きくなったら、子供用のまわしをしめて稽古させるつもりだ。」
「英才教育っすね?」
「まぁ、もちろん相撲以外の選択肢もあるけどな。」
「山田3兄弟が相撲界を席巻する日もそう遠くないでしょうね?」
と、まぁ時津川部屋に新風が舞い込んだが、各力士達は、自分の課題に必死であった。場所入りしてからは、子供達の姿は稽古場からは消えたが、ゆいPと一緒にTVの前で、応援する事になった。
初日、横綱越乃海は新小結の武蔵風と対戦。格の違いを見せつけ3秒で押し出した。コシの生命線である立ち合いの馬力は全く衰えず、それどころか進化をしており、これを攻略するのは至難の技とも言えた。今場所はそれに加えて強烈な張り差しも見せて、多彩な攻撃を試していた。もろはずや、かち上げ等も絡めながらの得意のぶちかましが活かされて、前半戦は中日給金直しの8連勝で首位ターンを見せつけた。
両国に自宅を構えていたコシは地方場所以外の本場所にあっては、部屋ではなく家から通った。もちろん、師匠の時津川親方の許可は得ている。それが許される様になったのは、3つ子が生まれた1年前位からの特別待遇であった。施工されていた新築の一軒家が同時期に完成し、家族5人が引っ越して来た。コシは稽古や地方場所で家を空ける機会が多々あったが、お手伝いに荒垣忍(女性)さんを雇い、料理や3兄弟の世話をゆいPと共にやってもらっていた。忍さんは、料理がめちゃくちゃ上手く、過去にはTVで取り上げられた事のある有名な家政婦であった。
「なぁ?金の心配なんて要らないんだけどさ、家政婦さんでも雇わない?」
「え?まぁ、一人居てくれるだけで、全然私としては、良いけど?」
「3人が大きくなったら、やんちゃだしね?」
「確かに今はミルクだけ用意すれば良いから、良いけど離乳食3人分は確かに結構大変かもね?」
「っつー事で、忍さんよろしくお願いします。ボーナスも付けるんで、我が家を助けてやって下さい。」
「はい。よろしくお願いします。」
と、荒垣忍さんとは、月給40万円プラスボーナスで契約する事になった。とりあえず3年契約と言う事で横綱越乃海の専属家政婦として、ゆいPの養育活動に手を貸す事で両者は折り合ったのであった。