第70話 令和13年九州場所②
1年納めの九州場所。思えば色々あったな。3人の息子も出来たし、ゆいPも元気だし、相撲だってそれはもう順調だ。来年はもっと良い年にしたる。おぉ、そうだまだ、九州場所の後半戦が残っていた。
横綱越乃海と横綱照の山による全勝相星横綱決戦が千秋楽に組まれた。優勢なのはもちろん越乃海であるが、通算の成績でも照の山戦で星を落とした事は無い。関取になる前の対戦でも、越乃海に照の山は勝てていない。
とは言え、それらは全て過去の話である。優勝の為には両者負けられない。
「パパ?優勝して絶対にハネムーンに行くんだからね?」
「分かっているよゆいP。優勝してハネムーンの資金を稼がないと。」
「お願いします。ほら竜一も竜二も竜三も皆パパの取り組みの時はちゃんと起きているのよ?」
「マジか?流石我が息子達。パパ今日も勝って優勝して来るね?」
と、福岡国際センターに入る前に、家族とビデオチャットでコミュニケーションを取ったコシは戦闘モードに入った。もし勝てば4場所連続30回目の節目の優勝となる。いつも通り、雲竜型の横綱土俵入りをし、楽日決戦に備える。
「おい、中村(時天山)?勝大兄さんは?」
「コシ関知らないんですか?勝大兄さん昨日付けで引退したんですよ?」
「マジか?そんな大事な事を。」
「きっと兄さんコシ関の優勝の邪魔したく無かったんですよ?」
「まぁ、もう40歳近かったからな。潮時か。」
「幕内最下位の幕尻で昨日負け越しが決まってしまいましたからね。兄さんも思う所があったのでしょう。」
「一言…言えるはずもないか。」
「兄さんもせめて千秋楽までとは思っていたとは思いますよ。」
「じゃあ勝大兄さんの花道を飾る為にも優勝が必要だな。」
いらぬプレッシャーがまた一つ越乃海の双肩に乗る。いくら横綱越乃海とは言え、これだけの背負うものがあると、緊張する。様々な想いが交錯する中で、千秋楽結びの一番を迎えた。相手は横綱になって日が浅いとは言え、同期入門の横綱照の山である。この勝負だけは落とせない。コシに気合が乗る。仕切っている間もコシは深呼吸し、プレッシャーを力に変える。
一方の照の山は失う物は何もない。チャレンジャーの気持ちでコシに全力でぶつかろうとしていた。
「変化があったらゴメンね。」の立ち合いをコシは選択した。立ち合い、ぶちかましからの突き押し。寄つ相撲が信条の照の山にとっては、相性最悪の取られ方だ。横綱が注文相撲?有り得ない。それだけはコシに対して失礼だ。ならばどう勝機を見出すのか?圧力ではコシに負ける。互角の立ち合いを選択出来たとしても、そこからどう自分の形に持って行くか?結局あれこれ考えても、格の違いを見せられ、押し出しでコシが勝利。4場所連続30回目の優勝、そして6年連続の年間最多勝に輝いた。
「勝大兄さん!」
「お、コシか?世話になったな。体に気をつけて頑張れよ。」
そう言い残して、勝大兄さんは角界から去ったのであった。