第68話 令和13年秋場所②
稽古場ではわりとおとなしいコシだが、本場所となると全く人が変わる。表情にこそ出さないが、沢山の塩をまき歓声をわかせ土俵をコシ色に染める。塩のパフォーマンスをやり始めたのは最近だが、これはアンチ越乃海の野次をかき消す意味があったとコシは語っている。
令和13年秋場所後半戦では余計にアンチ越乃海の野次は大きくなる。それにも負けずコシは、鋭い立ち合いからの右上手を掴む相撲で勝ち続けた。一方コシのライバル達は星を潰し合い、結局残ったのは、西の正横綱大鵬だけであった。ゆたかや照の山は大関戦での連敗が響き優勝戦線から離脱。今場所もまた、横綱同士による千秋楽全勝相星対決となった。
「コシ関?大鵬関はいつになく勢いに乗っています。ですがコシ関ならその勢いを楽に止められるでしょう。」
「楽に?そんな取り組みは1番たりともありません。ましてや相手は横綱。勢いに乗っているなら尚更厄介だ。」
「大鵬関とは同期入門なんですよね?」
「花の20(ふたまる)組(平成20年生まれ)」
「花の17(ひとしち)組(平成17年生まれ)」「の先頭を走って来たのが20組の自分と17組の大鵬関です。高卒の大鵬関と、中卒叩き上げの自分とどちらが期待されていたかは、言うまでもない。四股名もそう。実力もそう。でも自分は勝つ事でそのうるさいマスメディアを黙らせた。無敗で十両に上がり、十両を一場所で通過し、幕内にあがり、三役、大関、横綱と、駆け上がったのは全部自分の方が早かった。大鵬先輩は越乃海の敷いたレールの上を辿って来ただけ。そう。それだけなの。」
誰も越乃海の偉業を讃えたくはなかったが、ファンは違った。どこぞのスポーツ新聞の記者よりもファンは力士の事を知っている。
「確かにコシ関は史上最速で横綱になりましたから、ファンもその辺りの事を…。」
「ひかり?分かってないな。ファンは力士の強さに惚れるんだ。前頭の下位格なんて見てみろ?クソみてぇな人気しかないよ。さっさと、横綱大関の相撲を見せやがれとな。落語でいやぁ前座は良いから早く真打ちを出せとな。」
「コシ関?時間です。」
「お、おう。」
「今日も勝って下さいよ!」
「任せておけ!」
14戦全勝同士の楽日相星決戦。ファンのボルテージも、最高潮に達していた。合わせるのは第41代木村庄之助。
「待った無し。手をついて!」
「はっけよい!のこった、のこった。」
両者立ち合いは互角。コシはぶちかまし、大鵬はかち上げ気味に来た。そこからは突き押しの応酬。どうしてもまわしを与えたくない大鵬は、強烈な張り手を何発もくらいヒートアップ。お付き合いしてしまった。だがコシは無警戒だった足を取りに行き、足取り成功。大鵬はまたしてもコシにやられてしまった。これにより、コシは3場所連続29回目の優勝を達成した。
「やはり今場所も終わってみればコシ関でしたね?」
「いやぁー。流石ですね。」
「まぁな。」
「しかも全勝。」
「それが横綱だ!で?ひかり、お前はどうだったんだ?」
「西幕下31枚目で5勝2敗でした。」
「まぁ、ひかりにしちゃあ、頑張った方か。」
「来場所は幕下上位?かな?とりあえず越乃海の付け人なんて早く卒業しろよ?」
「はい。」