第65話 令和13年名古屋場所①
横綱33場所目となったコシは名古屋場所前に23歳となった。幸いな事に大きな怪我や病気にもならず、三つ子もすくすくと成長していた。ゆいPも産後うつなどにもならず、予後は順調であった。稽古はもちろん、バッチリと仕上げて来た。暑い場所でのスタミナ強化の為に通常メニューの稽古の後に2kmのジョギングを課した。それが終わると、プールで2km泳ぎ心肺機能も高めた。睡眠時間は1時間位短くなったが、コシの基礎体力は向上した。
名古屋入りしてからは、通常の稽古に戻し横綱豊山や大関時天山との3番稽古に汗を流した。そして迎えた初日。横綱越乃海は返り小結の琴羽黒との対戦。立ち合いの強烈なぶちかましで琴羽黒をのけぞらすと、直ぐに右の腕をつかみひねり倒した。決まり手はかいなひねり。コシは狙ってはおらず、とっさの判断だった事を記者達に吐露していたが、確かに狙って出せる技ではない。
越乃海が10代で横綱になって5年半。番付は固定化され横綱や大関はポツポツと誕生してはいたが、優勝争いはほぼコシを中心に回っており、いわゆる平幕の活躍は影を潜めていた。コシばかり優勝して面白くない。まぁ、そんな陰口を叩かれても仕方無い。それだけコシの強さが際立っているのであるから。横綱は4人、大関は3人もいるのに、天敵越乃海のせいで優勝はおろか、2桁勝利も難しい。確かに下からの突き上げが弱いと言う事実はある。だがそれを阻害しているのは紛れも無く横綱越乃海の存在が関与している。と、世間は思う。まぁ、勝負の世界だ。強き者が物を言う世界だ。ある意味コシはダークヒーローになりつつある。勝ちではなく負けを期待される。これは本当に強い者の証でもある。と、まぁ世知辛い世の中にあってコシの強さは群を抜いていた。
ジョギングとスイミングの効果もあり、体重を10kg落とし160kgになり、スピードがさらに増した。それでも相撲内容は軽くはならず、強力な下半身が上半身に力を与えていると言う印象である。重ければ良いと言う訳ではない事をコシは証明している。2日目からの平幕戦では体重を落とす前より立ち合いも鋭く圧力もかかっているように見えた。当然の様に中日給金直しの8連勝。入門以来休場した場所を除いては皆勤した場所では負け越し知らずである。コシを追うのは、やはり他の3横綱であった。大鵬、豊山、照の山。プラス大関時天山か。コシ一強の流れは変わる気配を見せない。
「コシ関?まだ稽古してるんですか?場所中じゃないですか?名古屋の美味いもんでも食って明日に備えましょうよ?」
「部屋のちゃんこで腹は充分に満たせる。」
「たまには外食も良いじゃないですか?」
「心遣いはありがたい。気持ちだけ貰っておくよ。」
「おい、中村(時天山)!うちの付け人の越光を代わりに連れて行ってくれ!」
「俺のワガママにひかりまでもが道連れになるのは、何か違うからな。」
「良いんですか?コシ関も一緒に…?」
「稽古に集中させてやろう。」
「悪いな。」
鬼神の如きその背中は何者も寄せ付けぬ最強の横綱だけが持つオーラで満たされていた。ひつまぶしも味噌カツも、何もいらぬ。欲しいのは白星だけ。そうコシは言っている様だった。
「ひかり!気にすんな。食え。」
「はい。いただきます。」
「本当は自分も行きたかったが、コシ関は場所中は外食しない事で有名な人だからな。」
「全く変人だぜ。」
「変人…か。」