第60話 令和12年九州場所②
そろそろコシを倒してくれる力士が現れてくれないか? そんな淡い期待も夢に散った。勝負所で強さを発揮し続けて来たこの横綱に敵はいなかった。コシが強すぎてつまらないと、相撲人気の低迷を招くほど越乃海一強の時代は続いていた。13場所連続26回目の優勝を決めたのは空気が読めないコシらしかった。1年納めの九州場所で、またしても全勝優勝を達成した。
結婚してまた一段と強くなったのかも知れないが、これはコシの努力が如実に表れただけの事であり、さして驚く様な事では無い。
「あなた?帰ったの?」
「ああ、ただいま。」
「大分遅かったじゃない?」
「まぁ、一応優勝力士だからな。主賓がそそくさとパーティーを抜けるのもなんか変だろ?」
「まぁ、それはそうだけど。もう毎場所やっているから式もなぁなぁになっているんじゃない?」
「なぁなぁになってようがどうしようがいつ優勝出来なくなるかは分からない。それは俺とて例外では無いんだ。だからこそド派手にパーティーを行うのさ。」
「そう言うものなのね?ところで部屋の力士が出払っている今がチャンスよ?」
「何のチャンス?」
「子作りよ!」
「え!?今?」
「最強の横綱のDNAを後世に残さなくちゃ。私もその気だし。」
「おっ、ちょいゆいP?」
「善は急げよ!」
この夜コシはゆいPに骨抜きにされた。その結果ゆいPは晴れて懐妊した。
「コシもやる事はやっているんだな?」
「親方?聞いてくださいよ!」
「言い訳はよせ。それに誰もお前を責めてはいないだろ?」
「まぁ、確かに。」
「おめでたい話じゃないですか、コシ関?」
「ゆたか?いたのか!」
「そうですよ、最強の横綱のDNAを引き継ぐ子は見てみたいっすよ。」
「女の子でもか?」
「男の子が出来るまではファイトっす。」
「まぁ、確かに男の子じゃねーとな。大相撲の力士には成れないからな。とは言え、無事生まれてきてくれれば男の子でも女の子でもかまわないけどな。」
ゆいPの懐妊はスポーツ新聞でも大きく報じられた。こうして横綱越乃海は一国一城の主となった。あと20回優勝すれば、あの平成の大横綱白鵬が作った優勝回数45回を超える事になる。今はそんな事を気にしている余裕なんて無かったが。
さてさてさて。越乃海とゆいPの待望の赤ん坊が三つ子である事が分かったのは、一ヶ月後のMRI検査で判明した。
「三つ子?ゆいP頑張った甲斐あったね?」
「うん。しかも全員男!」
「やるじゃん。でかしたぞ!」
「無事に産まれてくれると良いんだが?」
「結衣ちゃん?貴方実家は?」
「栃木の田舎の方ですが?」
「その体で部屋の手伝いは心配だから帰ったらどう?」
「私、親に勘当されてアイドルになったんです。結婚式の時も招待してませんし、里帰り出産なんて出来ません。」
「その体で部屋の手伝い出来る?」
「ギリギリまで部屋の手伝いをして、もう無理ってなったら入院します。」
「結衣ちゃん!」
「時津川親方、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。」
「大丈夫、無理はさせないから。」
「何ィ!?ゆいPの両親に懐妊の報告をしてないだと?」
「流石にそれはマズイと思って手紙は出したんですけどね。」
「私の家族は結婚式にも呼ばなかったと言うより来なかったし、勘当した娘の子供なんてどうでもいいでしょ?」
「手紙作戦は良いかもな?令和っぽくないけどな。」
「お義父さん、まだゆいPを勘当した事根に持っていちゃあ、話がこじれるばかりだぜ。」
「まぁ、よくある話だけどね?」
「幸いな事にお義母さんがゆいPに融和的で理解してくれてはいるみたいです。」
「とにかくコシ、守るものが増えた以上、今以上に厳しく稽古に取り組む必要があるな。」
「親方?何見てるんですか?え?ひかり?」
「越光?何か言いたいのか?」
「コシ関は誰よりも努力しています。これ以上に厳しくだなんてのは、親方がコシ関の稽古をよく見ていない証です。」
「とにかくしっかりやれよと言う意味だ。しっかり励め!コシもひかりもな。」
「はい!」