第56話 令和12年名古屋場所
横綱27場所目のコシは体調も万全で、いつも以上の稽古も積めて言う事無しであった。ゆたかや時天山クラスの大関・横綱を相手に3番稽古を精力的に行うなど、いつになくコシは気合が入っていた。
それもそのはずコシは22歳にして彼女が出来たからだ。御相手は同世代のアイドルと言う所までは明かしてくれたのだが、詳細は不明であった。
名古屋入りしてからも、コシは猛稽古を続けて、場所入りした。
「コシ関の彼女って誰なんすかね?」
「そういやぁ、コシ関ファンでも無いのに、SKB49のグッズ集めてたな?」
「まさかSKB49のセンターのゆいPだったりして?」
「そうだとしたら週刊誌は大騒ぎだろうな。現役最強横綱と超人気アイドルのBIGカップルだな。」
しかし、コシは自らの恋愛については、何も言及し無かった。
令和12年名古屋場所初日、琴羽黒戦。右寄つに組んで寄り切りで白星発進。中日まで負ける事無く給金直し。結局全勝のまま千秋楽を迎えた。1敗でコシを追う横綱大鵬と大関時天山。優勝争いは既にこの3人に絞られていた。先ず土俵に上がったのは、時津川部屋の大関時天山。相手は大関安高であった。この取組は時天山が圧勝。豪快に190kgある安高を上手投げで破った。これで14勝1敗とし、結びの結果を待つ。とは言え、大鵬が越乃海に勝てる見込みは望み薄であり、勝てば優勝のコシが1番近い。例え大鵬が越乃海に勝っても、優勝決定巴戦となり、コシに勝てる気は正直し無かった。
(あ、ゆいPが来てる。ドキドキして来た。)
彼女がいると言うだけで、鬼の横綱はこうも変わってしまうのか?
「おい!あれSKB48の田上結衣(22歳)じゃん?」
「え!マジか?」
「相撲の事なんてまるで知らないから教えて欲しい。」
きっかけは共演したCMでのゆいPのこの発言だった。コシにして見れば、こんな可愛い子に1から相撲を教えるなんて二度と無いと思い連絡先を交換したのがきっかけであった。初心な恋の始まりはそこから始まった。
「そうだ。結衣ちゃんの地元の名古屋場所で千秋楽チケットとるからさ、俺の優勝見届けてくれないかな?」
「え?本当?コシちゃん優勝するの?」
「必ずする。」
「予定あけとくね!」
「マネージャーさんには無理言っちゃうかもだけど。」
「そんな心配しないでコシちゃんは優勝の事だけ考えて!」
話は千秋楽結びの一番に戻る。ドキドキが止まらないコシは完全に浮足立っていた。これでは大鵬にも勝機がある。最後の塩に分かれた。その時、ゆいPが「越乃海!!」と一人大絶叫したのを聞いたコシは、ふと我に返った。
(この1番に集中せねば!)
第42代立行司木村庄之助が待ったナシの声。コシは仕切り線から少し下がる。
「はっけよい!のこった、のこった!」
コシは思い切り大鵬にぶちかまして、状態の起きた大鵬は一気に俵まで後退。コシはすかさずおっつけ体を寄せる。大鵬も粘るがそれもここまで。横綱越乃海11場所連続24回目の優勝をゆいPの前で決めた。
「ゆいPおったやろ?」
「コシ関?そんな事よりセレモニーですよ?」
「分かっているよ。」
「やっぱガチだったんですね?」
「ん?何が?」
「ゆいPの事ですよ!」
「優勝見せるから招待しただけ。」
「ぶっちゃけ2人は付き合っているんですか?」
「まぁ、お互い人気者だしな。急ぐべき恋だと言う事は認識している。」
「コシちゃん!」
「おぉ、来てくれたのか!」
「だって私未来のおかみさんになるんだし。」
「えー!!コシ関、話めちゃくちゃ進んでいるじゃないですか?」
「ゆいPがおかみさんになると困る事でもあるのか?」
「いえ、めちゃくちゃ大歓迎っすけど…。」
「あのゆいPがコシ関と…信じられん。」