第55話 令和12年夏場所②
金星配給とはならなかったが、序盤で黒星を喫した横綱越乃海ではあったが、尻上がりに調子を上げて後半戦は白星を連ねて来た。13日目を終えた時点で、全勝力士はおらず、コシ、ゆたか、大鵬の3横綱が1敗で並んだ。
14日目コシは、大関照の山と。大鵬とゆたかは、直接対戦であった。まずコシは照の山を押し出しで退けた。見上げる土俵では、2横綱がバチバチに仕切りを重ねる。コシは、個人的主観ではあるが、豊山に勝って欲しいと心の中では思ったが、そうはならなかった。結局、ゆたかは大鵬の土俵際での突き落としに屈し万事休す。これにより千秋楽は横綱越乃海と横綱大鵬による相星優勝決定戦となった。
「久しぶりだな。全勝じゃないのは?」
「ええ。昨今はコシ関の9連覇中ですからね?」
「大鵬は横綱とは言え、思い切り来るだろう。だからこちらとしても、100%真っ向勝負で行こうと思う。」
「それで良いと思います。ぶちかましorかち上げからの突き押しや右差しの右寄つ。完璧じゃないですか?」
「実はな、最近は左寄つも稽古して強化して来たんだ。」
「なるほど、それは鬼に金棒だ。」
「ひかり?今場所の成績聞いてなかったけど?」
「東幕下40枚目で5勝2敗でした。」
「そっか。自己最高位での勝ち越しおめでとう。来場所は幕下中盤だな。その調子で稽古に励め。」
「はい!ありがとうございます。」
「大鵬とは30番以上戦っているが、負けたのはわずか2回。立ち合いの圧力不足と右寄つに成れなかったと、敗因はハッキリしている。大鵬の立ち合いの馬力は、この俺に近いものがある。要警戒だな。大鵬も俺の右差しを与えるとうるさいのは分かっている。だから間合いを取って突き押しで来ると思われる。」
「大鵬関も根っからの突き押し党ですもんね?」
「まわしを取らないで勝てる。こんなに楽な勝ち方は無い。それに突き押しは波に乗ると手が付けられない。引き技さえ使わなければ天下無双だからな。」
「おい、コシ!」
「親方?」
「大鵬の分析などせずバンと勝って来い。」
「はい。」
「今までやって来た事を信じて、自分の相撲を取ればそんな分析など不要だ。」
「はい。ですがここは念には念をと思いまして。」
「そう言う普段やらない事をやって負けて墓穴を掘った力士をこの私は吐いて捨てる程見てきたが?」
「そうですね。親方の言う通りかも知れません。」
「分かったらさっさと寝ろ!何時だと思っている。」
「良かったんですか?」
「ひかり?コシにはもう私の教える事は全て叩き込んである。コシがまだ上を目指すとしたら、その気持ちは分からなくも無い。しかし、そうなれば親方である私の存在価値は無くなる。」
「親方?コシ関はそんな事微塵たりとも思ってませんよ?」
「まぁ、コシはもう私の手中を越えた領域にいるんだがな。」
そして翌日。令和12年夏場所千秋楽結びの一番を迎えた。東の正横綱越乃海と、西の正横綱大鵬。入門同期のライバルは年の差こそあれど、ここまで切磋琢磨して来た。優勝争いではいつも全勝優勝を献上して来ただけに久しぶりに訪れた千秋楽横綱相星優勝決定戦に懸ける想いは強い。越乃海としても、ただ受け止めるだけでは、不調の自分は勝てないと感じていた。そうこうするうちに制限時間一杯。最後の塩に分かれた。見合って見合って「はっけよい!のこった、のこった。」
立行司木村庄之助の声が静寂を破る。立ち合いはほぼ互角。両者突き放そうとする。一瞬大鵬が引いた所をコシは見逃さなかった。勝利したのは横綱越乃海だった。14勝1敗で10場所連続23回目の幕の内最高優勝を達成した。