第52話 令和12年初場所②
「連勝は特に意識していない。目の前の1番に“全集中”するだけ。」
と、コシは語るが優勝のプレッシャーものしかかる場所後半では、どうやらギアを1段階上げている様だ。コシが横綱になって丸4年。関脇以下の力士の優勝は一度も無い。今場所もどうやらそうなりそうだ。
13日目を終えて全勝は横綱越乃海唯一人。1敗で横綱豊山。2敗で横綱大鵬と大関時天山が追う展開となった。この辺りのメンツは、いつもコシに苦杯をなめさせられている”常連“であり、打倒コシの筆頭格である。時津川ビッグTHREEの3人の直接対戦はなく、越乃海が崩れるのを待つしかならず、崩れてくれたとしても、相星優勝決定戦を制さねばならず、優勝へのハードルは高い。ゆたかはまだしも、これから横綱を狙う時天山ら大関陣には相当なハードルである。
「稽古では6分4分位なんだけどな?」
「中村(時天山)?コシ関が稽古で全力出す訳ねーだろ?」
「えー?手加減してるんですか?」
「いや、全力だよ?」
「コシ関?ウソは良くないですよ?」
「中村(時天山)は強くなってるよ?同部屋で良かったと思うくらいだよ。」
「ゆたかにももちろん全力だよ?稽古場で出せない事は、本場所でも出せないからね。」
「あの時はヒヤヒヤしたよ。」
「時津川ビッグTHREEによる優勝巴戦の時ですよね?」
「あんまり調子良くなかったし、実際に相撲内容も良くなかったしな。」
「それでも優勝しちゃうあたりは流石ですよ。」
「まだ、13日目終了時点だ。どう転ぶかは分からない。」
と言いつつも、14日目で8場所連続21回目の幕の内最高優勝を達成した。
「答えは簡単だ。負けなければ良いだけの話。優勝したかったら、俺と優勝決定戦に出るイメージを持て。」
「コシ関マジヤバイっすよ。8場所連続21回目の優勝って。そりゃあお客さんもしらけますよ。」
「いや、違う。中村、お客さんはいつかコシが負ける所を見に来ているんだ。そのあたり観客も目が肥えているからな。」
「確かにそれはそそりますよ。」
「時津川ビッグTHREEなんて言われてもな、肩を並べられる程強くないですよ。」
「先輩横綱として1つだけ言える事はある。」
「何ですか?」
「俺以上に又は同等の稽古をしろ。」
「いや、無理っすよ。」
「俺達は見てるからな。マスコミが報じないリアル越乃海の生態を。」
「よく怪我しませんよね?」
「入念に準備運動や股割りをして、徐々に運動の強度を上げているからな。」
「今度1回やってみるか?」
「ゴクッ。いえ、自分は大関のままで良いのでやめときます。」
「何を言ってる。そこは是非やらせて下さいの1択だろ?」
「大関のままで良いと言う事はないだろ?もう少しで横綱じゃねーか。」
「全勝、全勝で来られちゃ、追う方は萎えちゃいますよ?」
「他力本願でもいいからさ。」
「上等、上等。ヒットヒットで良いのさ。ホームランはコシ関戦にとっておけ。」
「あのぉ?祝勝会の準備出来ましたよ?」
「まぁ、コシ関は全盛期だからな。相撲っぷりを研究出来ないって事は無い。」
「稽古場で確認してみますか?」
「今度な。」
横綱豊山と大関時天山がコシ分析を始めたのはこの頃からであった。そんな事はいざ知らず、浴びる様に酒を飲む大横綱越乃海であった。
「あぁ~。たまらんな。たまに飲む優勝の美酒は。おう。お前等も飲め飲め。」
「今に見てろよ。」
「はい。」