第50話 令和11年九州場所②
星の潰しあいは、何も今に始まった事ではない。階級を問わず起きている事である。幕内上位でも他聞に漏れず起きる大相撲ならではの事象である。そこから突き抜ければ優勝出来る。
後半戦に入ると、先ずは調子の悪い関脇・大関あたらりから、星の潰し合いが始まる。特にコシの様な大横綱ともなると、そのパターンが定着する。場所最終盤になると、ようやくコシのギアもぐっと入る様な相手との戦いが、行われる。大抵はコシの同期の横綱大鵬との千秋楽相星決戦がここ数場所続いている。コシの勝率はほぼ100%に近いが、ギア100%で戦えた相手はもう引退している。
その大鵬も今場所は調子が悪く、優勝戦線に残ったのは時津川トリオであった。唯一人全勝の横綱越乃海を横綱豊山と大関昇進が確定的な時天山が、追うという展開になっていた。千秋楽コシが勝てば7場所連続20回目の優勝。もし敗れれば、時津川トリオによる優勝決定巴戦となる可能性があった。
何とか関脇時天山と横綱豊山は勝利し14勝1敗としたが、あっけなくコシが本割で勝利してしまった為、15戦全勝優勝となり、史上初の同部屋力士による優勝決定巴戦は幻となった。
「どんだけ強いんだよ?コシ関?2回目の年間90連勝達成だってさ。」
「若い時?今も若いか。から見ても化け物だよ。あの強さは。」
「確かにな。でもコシ関は努力してますからね。誰よりも。」
「優勝回数も20回目になったし、白鵬の45回の記録抜くんじゃ無いか?」
「当の本人は優勝したってのに、ちゃんこ食べて直ぐ鉄砲を始めましたわ。」
「はぁー。スタミナが底無し沼だな?場所の疲れとか無いんか?」
「そうじゃない。コシはただ相撲が好きなんだ。」
「時津川親方?」
「あいつに勝つ喜びを与えたのは他ならぬこの俺だからな。」
「そうなんですか?何かきっかけが?」
「コシはな。入門当初からその規格外のパワーと圧力で番付を駆け上がって行ったんだ。でも、幕内に上がりかけの新入幕の場所で、壁にぶつかる。負け越しはしなかったが、8勝7敗。コシが変わったのはそこからだった。勝つ事に貪欲になり、上を上を目指す様になった。朝4時に起きて準備運動。他の力士が起きる頃には体は出来上がっていて、ちゃんこを人の倍は食った。日中はひたすら四股・摺り足・鉄砲の繰り返し。大怪我を避ける為、場所直前までぶつかり稽古は封印。」
「封印?」
「本来なら番数を重ねたかったんだがな。当初は勝大兄さんしか関取がいない時代。そして、夜のちゃんこを食べてからは、寝るまでみっちり稽古をしてからシャワーを浴びて寝る。そんな努力に結果が着いて来た。」
「なるほど、横綱の強さの秘訣は誰よりも稽古してるって事なんですね?」
「それだけじゃない。番付が上がっても、ちゃんこ番や掃除番や雑用をしっかりこなしていた。」
「まだ若かったからですよ。」
「コシ関!?」
「強くなると普通は天狗になるけどな、俺はそうは成りたくなかった。とは言え、横綱まで行っちゃうとな、普通皆気使ってしまうだろ?」
「そりゃあそうですよ。10代横綱なんて滅多にありませんから。」
「と、いう訳だ。そしてコシは豊山や二代目時天山を横綱・大関にしたんだ。」
「まぁ、それは親方の指導が良かったからだな。」
「ですよね。」