第48話 令和11年秋場所②
いつも通り目の前の1番に集中するだけであった。コシは格が違っていた。後半戦もパワー全開で白星を重ねた。危ない場面すらなく、絶対王者とも言える横綱相撲で大関以下の力士を圧倒して行った。
今場所もすんなり優勝が決まるかと思ったが、コシの弟弟子の小結時天山が奮起。14日目を終えてコシと時天山が全勝で星の差なしで千秋楽に臨む事になった。千秋楽、もし仮にコシと時天山が全勝で並んだ時は、同部屋同士の相星優勝決定戦となる。
「そう言やぁ、ゆたかとも同じ様な事があったな。」
「そうなんですか?」
「ひかりが俺の付き人になる前の話だ。」
「勝つのは難しく無かったが、あの時はゆたかの横綱がかかってたからな。言い訳っぽくなるが、負けてやったよ。ゆたかに言うといつも、自分の実力です。と怒られるんだけどな。それ以来ゆたかは優勝から遠ざかっている。」
「何故負けてやったですか?」
「ライバルは多い方が良い。そう思ったからかな。でもゆたかは横綱になってから思う様な成績を残せていない。」
「わざと負けてやったからですか?」
「いや、違う。稽古が足りないからだ。まぁ、成績不振の理由の一端は俺にあるがな。」
「まだ綱を張るには実力が足らなかったのかもな?」
「でも、ゆたか関はコシ関と同等の稽古と稽古相手に遜色は無いじゃないですか?」
「馬鹿だなお前?土俵以外での努力が、その力士の本物の価値になるんだ。皆が昼寝している間にウェイトトレーニングをやったり、ジムで水泳をしたり、サウナで整ったりするのをひかりは見てきていただろう?」
「確かに筋肉やスタミナはつきました。」
「そこから夕のチャンコを食べるまでに、ひたすら四股・摺り足・鉄砲、そしてぶつかり稽古だ。」
「コシ関の場合、誰よりも汗流してますもんね?」
「そうだ。それが先代からの教えで、強くなりたかったら寝る間を惜しんで稽古しろ。と、教わった。それを実行して来たからこそ今の横綱越乃海があると信じている。稽古は絶対に人を裏切らない。」
「10代で横綱になる人は違いますね?」
「おい時天山?」
「はい。」
「明日は全力で行くから、もし決定戦になったら宜しくな?」
「自分なんか本割で負けますって?」
「本割では絶対勝て!良いな?」
「はい。」
そして千秋楽これより三役。先ずは時天山が関脇清明と全勝をかけて土俵に上がった。結果は時天山の逆転の突き落としで勝ち結びのコシの結果を土俵下(西)で待った。秋場所千秋楽結びの一番は東の正横綱越乃海と、西の正横綱大鵬。3歳違いの同期対決も通算32回うちコシの30勝。大鵬の2勝。大鵬はコシを苦手としていた。だがここで負けては時天山と交わした約束を果たせなくなる。結果はコシの圧勝。いよいよ約束の土俵に上がる事になった。
支度部屋で大急ぎで大銀杏を結い直し息を整える。全勝での同部屋力士による優勝決定戦は横綱越乃海と大関豊山(当時)が演じて以来2度目となった。しかし、時天山の奮闘虚しく結果は、横綱越乃海の押し出しで、約束の土俵を取り終えた。
「約束の土俵ちゃんと上がりましたよ?」
「負けてりゃ世話ねーだろ?」
「何度でも挑戦しますよ。」
「おととい来やがれ。」
こうして、コシは6場所連続19回目の優勝を達成した。それも全勝で。
「時天山…良い力士に育ったな。」