第47話 令和11年秋場所①
横綱22場所目のコシは、ゆたかや時天山らと充実した稽古を大きな怪我無くこなしていた。コシも21歳となり、横綱として全盛期を迎えていた。師匠である時津川親方もこう言っている。
「ここから5年、いや3年が勝負所だと越乃海一強の時代が続く。」
と、予想していた。それに待ったをかけて欲しいと、横綱豊山や小結時天山にも、多いに期待を持って指導に当たっていた。
そして、迎えた令和11年秋場所。6場所連続19回目の優勝を目指すコシは、初日からエンジン全開で、白星を連ねた。中日給金直し8連勝も数える事20回。前半戦で星を落とさない。それが越乃海と言う横綱の強さであった。トラブルがあったのは時津川部屋のもう1人の横綱豊山であった。体調不良ではないとは言え、初日から3連敗は横綱としてはマズイ。立て直そうとしたが、豊山らしからぬ相撲で7日目から休場する事になった。診断書によると、右太ももの肉離れと新型コロナウィルス感染で即日入院となった。
「コシ関?」
「どうした?」
「ゆたかさん、心配っすね。」
「バーカ。今は場所中だぞ?人の心配出来る地位じゃねーだろ?4勝4敗で苦戦してるくせに?」
「そりゃー、コシ関の様に天下無双って訳にはいきませんよ。」
「言い訳は見苦しいぞ?」
「勝てないのは己が弱いからだ。稽古や努力が足りないからだ。」
「それを言っちゃあおしまいよ。」
「親方!?」
「コシ?ただ強ければ良いって事はないんだぞ?」
「どう言う事ですか?そうやって自分を鍛え上げてくれたのは他ならぬ親方じゃないですか?」
「中村(時天山)はまだ入幕して2場所目。そりゃあ壁にもぶち当たるだろ?」
「まぁ、それはそうですけど。」
「強いから勝つんじゃなくて、勝っているから強いんだ。横綱には品格のある勝ち方も求められる。特に若いコシの様な横綱にはだ。」
「品格のある勝ち方?」
「そうだ。品格のある相撲だ。ガムシャラにぶちかましてから右上手を取って寄り切る。コシの場合、立ち合いでほぼ80%〜90%が決まる。見ている人は良いかもしれないが、横綱なら勝大の様に胸を出す立ち合いをしてこそ、品格がある。とは言え、入門して以来の形を今さら変えろとは言わん。ぶちかまそうが、かち上げようが勝つ事で品格を手繰り寄せる力士もいる。」
「注文相撲を横綱がしちゃならんのは品格をおとしめるからだ。」
「自分はそう言うつもりで土俵に上がっていますが?」
「ならそれを人に強要するな。」
「お前の言う事は100%正しい。弱いから負けるんだ。努力が足りないから負けるんだ。でも、どんなに努力しても越乃海の様には、なれない力士がほとんどだ。」
「はぁ?」
「私が何を言いたいか分かるな?」
「はい。もう他の力士に自分の考えを強要しません。」
「そうだ。コシは自分の事だけ考えろ。中村(時天山)にも、ゆたかにも同じだ。いいな?」
「はい。」
その件があって以来コシは、部屋で他力士にアドバイスを送るのを控えた。と言うより稽古に没頭した。確かに時津川親方の言う事は正しい。他の力士を指導するのは親方の仕事だ。自分の仕事は勝利と優勝するだけ。と思い直し令和11年秋場所の後半戦に向かう横綱越乃海であった。追いかけるのは大関照の山と横綱大鵬である。