第45話 令和11年夏場所②
横綱越乃海中心の優勝争いは、後半戦になっても、変わらなかった。理由は2つある。
1つは横綱陣の不振。もう1つは大関陣の不振。これら2つの不振がコシ独走のお膳立てをしてしまうと言うここ数場所の、コシ優勝の方程式となっていた。
13日目。コシは大関安高を押し出しで破るとこの時点で唯一人全勝。1敗はなく、2敗で追っていた横綱大鵬が大関照の山に敗れた時点でコシの優勝が決まる。大関照の山は横綱大鵬戦、かち上げからの突き押しと言うコシの様な取り口で大鵬戦5連勝している。ここからの巻き変えしをはかりたい大鵬としては、苦手な相手だが、そうも言っていられなかった。照の山は既に3敗と、優勝の可能性は消えている。開き直って突進して来る。と予想した大鵬は、横綱らしからぬ注文相撲。右に変化の立ち合い。この作戦が功を奏したのかは分からないが、大関は慌てた。得意の寄つに組まれた大関照の山はあっさり土俵を割り大鵬は2敗を死守した。とは言え、星の差は2つ。逆転優勝の為には不振の横綱豪昇龍にも勝って貰わねばならない。と、考えると好調のコシの優勝はほぼ確定的と言えた。コシも1日1番の気持ちで集中力が非常に高い。と、その時ヒカリから、豪昇龍引退のニュースを聞いた。
「おい、ヒカリそれマジかよ?」
「ニュースで今確実に見たんすよ。」
「おい、コシ!」
「親方?」
「横綱豪昇龍は引退だそうだ。從ってコシの優勝が決まった。」
「無様な姿は見せられないってか?せめて最期に1戦交えたかったが。」
「仕方の無い事だよ?4場所連続休場で膝は右も左もボロボロ。進退をかけて臨んだ今場所は5勝8敗と精彩を欠いていたからな。」
「引退やむ無し…か。」
「横綱のプライドも怪我の前には影潜めちゃうんだな?」
「さぁな?本人がどう思ってるかは知らないが。」
と、まぁ4場所連続17回目の優勝をコシは達成した。令和11年夏場所千秋楽は結びで横綱大鵬との一番。全勝優勝がかかる。優勝が決まったからと言って手を抜く様な横綱ではない。案の定大鵬を押し出しで破り優勝に花を添えた。
それからマスコミに豪昇龍引退のニュースを聞いて、どう思ったか聞かれたコシはこう答えた。
「一緒に一時代を築いてきた…と言うよりは先輩力士として、入門した時からずっと背中を追って来た人ですから残念です。良い取り組みも何番も記憶にありますしね。」
と、コメントし先輩横綱の引退に目を伏せた。
「ゆたか!まだまだ稽古が足らんぞ?」
「12勝3敗で優勝に絡めないんですから、そっちの方がどうにかしてますよ。」
「まぁね。」
「毎場所毎場所コンスタントに全勝優勝されちゃ、流石に応えますよ。」
「気持ちは分かるが、まずは優勝決定戦に最低でも引きずり込まねばならんぞ?」
「それか他力本願にはなるが、コシに本割で負けてもらうか。」
「まぁ、その線は望み薄いですよ?親方。」
「ゆたかが同部屋で助かったよ。」
「本割では同部屋対決ありませんもんね?」
「同じ横綱なんだ。そう卑下する事も無いぞゆたか?」
「親方?」
「化け物を前にウサギを倒せと言っているようなものだからな。」
「確かに。」