第44話 令和11年夏場所①
横綱20場所目のコシは目立った怪我もなく、場所前はいつも通り部屋での調整だった。
ゆたかもコシの次点となる場所が続いていたが、綱もしっかり板についていた。一方のライバル力士達も、打倒越乃海を目標に稽古に集中していた。
場所が始まるとまぁ、いつも通りコシは下位力士に星を落とす事無く、得意のぶちかましからの突き押しや右寄つの形で中日給金直し8連勝とした。他2力士が中日給金直し8連勝と絶対王者コシの背中を追う。ゆたかは7勝1敗と少し遅れをとった。
「今場所も金星無敗給か。コシは横綱の鏡だな。」
「そんな事ないですよ。1日1番に集中しているだけの事ですよ。」
「相手の力士だって研究しているだろうに。」
「コシ関のぶちかましやかち上げは、研究してどうにかなるものじゃないですよ。」
「そう。ゆたか分かっているね。自分のぶちかましやかち上げは研究どうこうの代物じゃないんてすよ。」
「場所後に21歳になるまだまだ元気モリモリですよ。」
「とは言え、力士の寿命は短いからな。特に横綱ともあれば、怪我や成績不振で引退なんて珍しい事じゃないし、勝ってるうちが華なんだよ。」
「打倒越乃海を掲げている力士からすれば今の言葉はショックですね。」
「花は放っておくと枯れるからな。枯れる前に横綱としての責任、土俵での勝利優勝を果たしておかねばならない。と言う事になるな。」
「ちゃんこ出来上がりました。」
「やっとか。ちゃんこ番長何やっているんだよ?」
「バカ言え、ちゃんこが当たり前に食えると思っちゃあ大間違いだぞ?横綱でもそれは同じだ。」
「親方…。」
「横綱ともあろう者が外食もせず、わざわざ部屋でちゃんこを食べるのはな、金の為じゃない。せっかく自分の部屋のちゃんこ長が作ってくれたちゃんこを食べるのは、部屋全体で戦うと言う意味もある。私は先代からそう教わった。どんな成績でもお互いを励まし讃える。ちゃんこはそう言う時間でもあるんだ。例え、部屋にあるほとんどの食材を稼ぎ出している横綱でもだ。」
「優勝したらほんとたんまり来るんだよ。」
「半端ないっすよね。」
「まぁ、その辺は時津川部屋のちゃんこ長がしっかり管理してくれていると思うが。」
「まぁ、優勝してみれば分かる。」
「本当に早く引退して下さいよ。」
「バカ野郎!デケェ声で言う事か?」
「すみません。」
「まぁ、早くちゃんこ食おうか。今日はキムチちゃんこ鍋だ。」
「うまそ。頂きます。」
「親方?」
「どうしたんですか?食べないんですか?」
「ちょっと食欲がな。」
「体調不良ですか?」
「ちゃんこ長、お粥、お粥。」
「気を使うな。暑くなってきたから初夏バテだな。」
「なるほど!」
「さ、箸が止まっているぞ?明日もしっかり勝てる様にな。」
「はい!!!」
「初夏バテするなんて親方も老け込みましたね?」
「若い者には分かるまい。」
「親方、いくつでしたっけ?」
「55歳だ。」
「中年じゃないですか?まだ老け込むの早すぎますって。」
「コシ関の言う通りですよ。」
「横綱を二人も育てるとな、勝つと分かっていても胃がキリキリしてしまうんだ。」
「なら、余計に負けられないな。ゆたか。」
「はい!激しい優勝争いをして親方の胃をキリキリマイさせましょう!」
「さて、ご馳走様でした。夜練行くか!」
「行きましょう。」
「場所中は控えめにな。ってこれがこいつらの強さの秘訣だな。お前らもあの位のハングリーさが欲しいな。」
「はい!」