第43話 令和11年春場所
横綱19場所目の越乃海は大きな怪我なく時津川部屋で調整をしていた。ゆたか(横綱豊山)が体調不良で充分なぶつかり稽古が出来なかったが勝大兄さんや十両の時津山等の胸を借りて場所に備えた。
「今年は豊作らしいで?」
「何が?」
「新弟子だよ。」
「ライバルが増えてそないに嬉しいんか?」
「時津川部屋には何と20人も入る事になりました。パチパチパチ。」
「中でも注目株は幕下最下位格付け出しでデビューのモンゴル出身のアマチュア横綱日本運動大学出身の中村だ。」
「詳しいんだな?」
「はい。いきなり番付抜かされますから。」
「日本人じゃないのか?」
「本名中村ドルジバグワ22歳日本国籍のある大器です。」
「身長188cm、体重180kg。アマチュアでは無敗の逸材です。」
「そんな大器が何故うちに?」
「横綱2人と稽古し放題だぞと口説かれたらしいですよ?」
「親方ぁ!」
「まぁ、春場所は就職場所って昔から相場が決まっているからな。それに部屋にも活気が出る。力士が増えるのは良い事だな。」
3月場所は荒れると言うが、コシだけはその格言とは無縁で、初日から中日給金直し。13日目を終えて無敗で早くも3場所連続16回目の優勝を達成した。
「あ、中村は流石だな。7戦全勝。幕下優勝じゃねーか。」
「コシ関こそ流石じゃないですか?」
「これで、部屋のちゃんこをまともにしてやれるよ。」
「副賞凄いですもんね?」
「ヒカリ!貴様はどうだった?」
「序二段東78枚目で5勝2敗でした。」
「おう。そうか。頑張ったな。来場所もその調子で頑張れよ!」
「はい。」
「これ。すこしだけど。」
「コシ関いけませんて。」
「いつも世話になっているからよ。この金で遊んで来い。」
「では遠慮なく。」
「ここで、折れてくれるあたりが古風だった豊の里とは違うんだよな。」
「コシ関!稽古つけて下さい!」
「え?今?良いけど。」
それは中村からの宣戦布告だった。
「やるじゃん。全然押せない。右も完全に封じている。」
「左の寄つはあまり得意じゃねーってのは理解してる様だな。」
体重180kgの突進は力を抜いていたコシには通用した。
「うわ!?」
「まだまだ!」
「バシーン。やるでねーか。この天下の大横綱越乃海を本気にさせるとは大した奴だ。思い切り来い!」
「ドスン。」
と言う音が時津川部屋の稽古場に響き渡る。
「誰だ?こんな時間に稽古してるのは?」
「コシ関と中村?」
「あぁ、良いんだゆたか。お前もやるか?」
「見学させて貰います。」
「ちゃんこが逆流しそうだ。」
「くそ!流石横綱だ。本気になられると刃が立たない。これが横綱越乃海の生命線のぶちかまし・かち上げからの喉輪や突き押し。」
「中卒叩き上げの力見せてやったぜ!」
「流石です。今日はこの辺で…。」
「なぁーに言ってんだ?こんな時間に稽古に誘っておいて、この位の稽古では生温い。もう20番だ!」
「スゲェなこの人。史上最年少横綱の力は伊達じゃない。」
「ズシン、ズシン、ズシン。」
「親方良いんですか?」
「こんな夜更けに稽古をしてはいけないと言うルールは無い。それにしてもコシの奴珍しいな。」
「そうっすね。幕下の力士に胸出すなんて。稽古中ならまだしも。」
「ま、中村にはあの四股名を継いでもらおうかと思っているからな。」
「あの四股名?」
「先代の横綱時天山の四股名をな。」