第39話 令和10年九州場所後半戦
引退する付け人豊の里の為にも、とコシは獅子奮迅のパフォーマンスで応えた。右も左も分からなかった5年間。番付は追い越してしまったが、突き押しや、神の右は全てトヨと親方がアドバイスしてくれたものである。負け越し知らずで横綱になれたのも、豊の里が付け人をしてくれてきてくれたからである。
「立ち合い、今日は良かったですね。」
とか、
「立ち合いの注文相撲ケアしましょう。」
とか、毎日対戦相手に合わせた助言をしてくれていた。それが年間90連勝とか全勝優勝に繋がっていたのは間違いない。そんな事を思いながら令和10年九州場所後半戦を戦っていた。
大関戦が始まってもビクともしない東の正横綱越乃海。13日目終了時点で唯一人全勝のコシを、1敗の大関照の山と横綱豊山が追うという展開。本割で直接対戦の組まれない豊山に自力優勝の可能性はなく、照の山とは既に対戦終了。俄然コシ優位な情勢にあった。
14日目、コシは横綱大鵬と対戦。過去2回しか敗れていないお得意様だが、立ち合いから厳しくおっつけ、左からは喉輪で攻めそのまま押し切った。これで14連勝。2敗以下の優勝の可能性が消えた。千秋楽に勝利し、トヨに優勝を捧げられるか?横綱越乃海。千秋楽の対戦相手は12勝2敗の西の正横綱豪昇龍である。
「トヨ!見ててくれ。」
と祈りながらも、仕切りを重ねるコシ。怪我で満身創痍の古株と怪我のない、コシとでは、やはり格が違った。立ち合いからかち上げ気味に前に出ようとしたコシに二枚蹴りやもろはずで、一貫性のないちぐはぐな攻撃を繰り返す豪昇龍をコシは、一気に押し出した。これにより、コシは15連勝で2場所ぶり14回目の優勝を達成した。
「コシ関!おめでとうございます!」
「トヨ?少ないけどこれ餞に。」
「現生なんて受け取れませんよ。」
「引退後どうやってしのぐつもりだ?」
「ハローワークで探しますよ。」
「なら、尚更だ。大した額じゃぇねぇ。受け取れ。」
「この金今日の結びの懸賞金ですよね?」
「ああ。何か問題でも?」
「コシ関にとっては端金かも知れませんが、くっ…。」
「これは俺の5年間の感謝の印だ。」
「トヨ?仕事決まるまで部屋に居て構わないからな。」
「親方!?」
「40越えたおっさんが直ぐに仕事決まらないだろ?」
「横綱越乃海の感謝の印パート2。」
「え?」
「先ずはリクルートスーツを整えねーとな。」
「このお金で?」
「横綱の収入舐めるなよ?」
「転職するんだからスーツ位無いとな。」
「それは言えてますね。」
場所後、何かと忙しいのにトヨの面倒を見ているコシであった。
「5年か?先代が亡くなってもうそんなに経つのか?」
「先代の元では25年間お世話になりました。あの頃は厳しかったけど充実感がありました。」
「だな。」
「先代の教えがなければとっくに廃業していました。」
「トヨ!お疲れ様。セカンドライフも頑張れよ!」
「はい。ありがとうございますコシ関。時津川部屋の教えを活かして頑張ります。30年間お世話になりました。」
横綱越乃海の右腕の去った師走の事であった。