第37話 令和10年名古屋場所②
横綱越乃海と綱取りの大関豊山の時津川部屋勢2人に優勝争いは絞られていた。13日目を終えて全勝をキープしているのはこの2人だけであった。1敗も2敗もいない。このまま時津川勢2人に土をつけられ無ければ、史上初の2場所連続の同部屋力士による全勝相星優勝決定戦の可能性が出て来た。14日目も千秋楽もコシとゆたかは白星を重ね、それが実現する事になった。
この時点で、優勝決定戦に全勝で進出した大関豊山の綱取りは成功し、横綱越乃海に優勝決定戦で破れても、場所後の大関豊山の第78代横綱昇進は確定的となった。
それに花を添えたい大関は、コシに絶対勝つ事だけを考えて優勝決定戦に臨んだ。一方のコシは、50%の力で行けば、今のゆたかなら自分に勝つ事が出来るだろうと考えて、優勝は今場所は譲ろうと考えていた。いずれにせよ同部屋対決だけに互いの手の内は120%知り尽くしている。コシは例え後で何と言われようともだ。はっきり言って今のコシなら優勝は当たり前。毎場所全勝優勝を目標にしている二十歳のコシには優勝なんていくらでも出来るが、今場所は特別だ。年は4歳上だが可愛いがってきた弟弟子の晴れ舞台。壁になってやりたい気もしなくはないが、一生に一度の晴れ舞台。後でゆたかには怒られるかも知れないが、今場所の優勝決定戦だけは50%のコシで行く、負けに行くと決めていた。案の定令和10年名古屋場所は大関豊山が横綱越乃海を押し出しで破り2場所連続2回目の優勝を果たし、文句無しで横綱昇進を決めた。
部屋に帰る途中、付け人の豊の里からも、モロバレだったようで、テヘペロ?と誤魔化した。部屋に戻ると珍しく時津川親方に呼び出され、「あの相撲は何だ?」とこっぴどく叱られた。しかしコシは時津川部屋に2人目の現役横綱が誕生した事を素直に喜んだ。横綱審議委員会と日本相撲協会は全会一致で大関豊山の横綱昇進を決めた。
「もう譲ってやんねーからな。」
「何の事ですか?」
そう豊山に告げたコシは詳細は語らず、稽古に精進した。そして数日後。日本相撲協会の理事2人が豊山に横綱昇進の使者が来た。
「2回目だけど緊張するな。」
「師匠、しっかりビシッとして下さいよ?」
そして、豊山の口上が始まった。
「謹んでお受け致します。乾坤一擲横綱の地位を汚さぬ様精進致します。本日はありがとうございました。」
「なぁ、ゆたか?乾坤一擲の意味分かってんの?」
「口上どうしようか?って焦って国語辞典開いたら、あ!?みたいな。」
「やっぱりな。血は争えないな。俺も口上なんてとっくに忘れちまったよ?」
「ま、横綱昇進までは進路切り開いてやったから来場所からは俺がいただくよ。」
「自分も負けてられないっすね?」
「あぁ、頑張れ横綱豊山!」
「よろしくな。じゃ、アップして、20番申し合い行こか?」
「マジかよー。」
「そんなんじゃ、真の横綱にはなれないぞ!」
「それに負けが許されない地位だって事を忘れるな。番付が下がらないって事は、怪我なんかしたら一発で進退にかかわる。だから、怪我しない強さを身に付けるんだ!」
「全ての力士の手本。それが横綱だ。つーか土俵入りの型もう決めた?」
「はい。不知火型で行こうと思います。」
「どうせならジンクスとかに縛られたくないよな?まさかそれで不知火型に?」
「いや、どうせなら両手広げたいな~思ってな。」