第35話 令和10年夏場所
新大関の豊山は横綱14場所目の越乃海の胸を借りて、もう一つ上の番付を目指して激しい稽古を続けていた。
「ゆたか!どうした?まだ20番しか取ってないぞ?そんなスタミナじゃ15日間戦えないぞ?」
「はい。うぉー!」
「そうだ!その気合いだ!」
「親方?コシにとって良い稽古相手が出来ましたね?」
「あぁ、2人で高め合ってくれると角界も盛り上がる。これからが楽しみだな。」
令和10年夏場所はコシにとって10代最後の場所でもある。17歳で史上最年少で横綱になって、コシはとても充実した10代であったと振り返る。力士生命に関わる大ケガも無い事はコシの強みでもある。迎えた夏場所初日は猿飛戦。くせ者だが、コシは落ち着いてさばき押し出しで勝利した。一方ゆたかは難敵で元大関の無双山戦。正面からぶちかまし、もろはずで一気に寄り切った。場所前半戦はこの2人の時津川部屋所属の横綱と大関が引っ張る形となった。中日給金直し8連勝で、ストレートに勝ち越しを決めたゆたかとコシは、その勢いで後半戦も黒星無く綺麗に白星を並べ、14連勝で時津川部屋の2人が優勝争いの先頭を走った。
千秋楽でもゆたかとコシは勝利を上げ決着がつかず、史上初の同部屋力士同士による全勝相星優勝決定戦が行われる事になった。東の横綱越乃海と西に新大関豊山が花道からそれぞれ入場して来た。
「なぁ、トヨ?やりにくくてしょうがないよ。」
「そんな事は分かっていますよ。でも制度がそうなっているんですから、ここは割り切って行きましょうよ?」
「そりゃあ頭では分かっているし、ゆたかの手の内なんか誰よりも、よく分かっているよ?」
「とにかくコシ関は横綱らしくプライドを見せましょう。」
「まぁ、そうなるな。」
一方西の方屋の様子はと言うと…?
「まさかこんな形でコシ関と優勝争いをするなんて思わなかったよ。」
「ここは一つ得意のぶちかましで正々堂々と横綱の胸を借りましょう!」
「よし!いっちょやったるか!」
コシとゆたか勝つのはどっちか?相撲の神様はとんでもない結末を用意していた。
優勝決定戦、土俵を仕切るのは第45代式守伊之助。制限時間はあっという間に過ぎ、両者気合いの入った顔に変わった。
「待った無し!手をついて!」
(来るならガツンと来いゆたか!)
(負ける気なんてありませんよ。コシ関。)
「はっけよーい、のこった!のこった!」
両者あたりは互角。コシは神の右を取り万全の体勢…かと思いきや、ゆたかは直ぐ様巻き変えて外し、一瞬怯んだ所を構わず前に出て寄り切りで勝利した。
豊山は新大関の場所を横綱越乃海を破っての全勝優勝で初優勝を決めた。
「やられたぜ。」
「コシ関?もしかしてワザと?」
「んな訳あるか!右の上手をとって負けたのは初めてかもしれない。」
「あそこで巻き変えて来ましたもんね?」
「まぁ、横綱になるのも時間の問題だな?」
「時津川部屋から2人も横綱が?凄いっすね?」
「そうなる為には綱取りの来場所が肝心だな?」
「もう一度コシ関を倒さなければならないのは酷ですね?」
「綱張るまでは優しくしてやるよ。」
「またまた、甘いんだから。」
「やっぱり完敗だったんですね?」
「全勝で優勝を逃した初の力士らしいですよ?」
「その記録はいらねーな。」
こうして令和10年夏場所はコシの同部屋の後輩(年上)の新大関豊山が制した。
「勝大兄さん?パレード変わって貰えませんか?」
「おお、俺は良いけど、どうした?」
「年上とは言え後輩に負けた後で、そいつとパレードに出るなんて横綱の威厳に関わりますから。」
「分かった。その気持ちはコシ関に伝える。」