第32話 令和10年初場所②
久しぶりに先頭を他力士に譲ったコシであったが、そこは流石横綱。大関・横綱戦が控える後半戦でも白星を積み重ねて行った。先頭を行くのは8場所ぶりの優勝奪還を狙う横綱大鵬。13日目を終えて全勝。コシとは星の差一つ。
14日目、大鵬は既に優勝の可能性の無い3敗の横綱豪昇龍戦が組まれた。ただ、過去の戦績は豪昇龍に分があり、余計な事が頭をよぎったが、この一番に集中した。既に土俵下では大関安高に勝って13勝1敗とした越乃海が勝ち残りで、控える。明日を見据えて土俵上の横綱2人の対戦に明日の勝利の可能性を探る。
大鵬敗れれば、明日はコシと1敗同士の横綱相星決戦である。苦手の天敵からどうやって勝つのか?結果はあっけなかった。大鵬は注文相撲で横綱らしからぬ引き落としで、僅か5秒で決着をつけた。館内は少しブーイング気味であったが、お構い無しに大鵬は大量の懸賞金を受け取った。
「コシ?明日このパターンあるぞ?」
「はい。」
部屋に戻ったコシは時津川親方や関脇豊山ら関取陣と、ちゃんこを頬張りながら、今日の大鵬の取り組みを見ていた。
「自分もこの変化をくって負けたんすよ!」
と関脇豊山は語る。
「でもよ、この変化を場所中多発している訳じゃないだろ?」
「そうなんですよ。」
ビデオで振り返っても、大鵬の立ち合いの変化に兆候はなく、行き当たりばったりで行っている可能性が高かった。とは言え、データとして分が悪い相手に対して、時たま変化を覚えたのはコシが90連勝を達成した頃からであった。体格では大差ないコシと大鵬であったが、コシの連勝を止めるほどの引き技を開発するのには何場所もの時間を必要とした。
決まれば一撃必殺。決まらなければ負け確定。かなりギャンブル性の強いのがこの引き技であり、弱点も多い。とは言え、現状星の差一つとは言え優勝するには、優勝決定戦に持ち込み連勝するしか無いコシと、1勝すれば優勝の大鵬には差し迫る緊張感は全く無かった。コシと豪昇龍の後を期待されて横綱になって1年。横綱になってからの優勝はまだ無い。立ちはだかる絶対王者コシに勝ったのは横綱昇進を決めた一番だけ。
同じ横綱でも格が違う事になっていた。本割でコシを倒せれば、全勝優勝だ。しかし、そうは言っても入門同期。いや、角界最強の横綱。いよいよ、そんな事を払拭する千秋楽結びのふれを第39代木村庄之助が告げる。あっという間に制限時間を迎え緊張感が漂う両国国技館。
立ち合い。変化ばかりに気をとられたコシはまさかの大鵬の100%ぶちかましをくらい、一気に押し出された。令和10年初場所は横綱大鵬が8場所ぶり3回目の優勝を達成した。
「コシ?気にするな。」
久しぶりに1場所で2回負けを喫した上に優勝を逃したショックは19歳の若者には痛いだろう。
「変化が来ても圧倒する立ち合い。それがコシの出した答え?なんだろ?」
「はい。」
新年早々今年の目標が出来たようであった。
「ストレート待ちで変化球が来る様なもんだな?」
「わかりやすく言えばですね。」