第29話 令和9年九州場所①
1年納めの九州場所。横綱11場所目の越乃海は、年6場所完全制覇の偉業達成を目標に、福岡国際センターの土俵に立つ。
場所前の稽古は、時津川部屋での調整で、出稽古等には行かなかったが、部屋の勝大兄さんや、関脇2場所目の豊山と汗を流した。7場所連続11回目の優勝をかけて場所に臨む。
聞く所によれば、膝の怪我から復帰して来た横綱豪昇龍の調子が良いと言う。もう一人の横綱大鵬も、横綱審議委員会の稽古総見では、調子が良い様に感じた。
「あと15連勝で年間負け無しの90連勝の大記録達成ですね。」
「まぁ、それはそれとして、目の前の一番に集中だな。」
「そうですね。自分も再十両目指して目の前の一番に集中します。」
「トヨ?そのセリフ2年間変わってねーぞ?早く関取になって貰わねーと。」
「困りますか?」
「まぁ、付け人なんか、誰がやっても一緒だからな。」
「正直、今年で駄目なら力士生活に幕を下ろそうかと考えています。」
「この令和の怪物横綱越乃海の付け人と言う最高のステータスを捨てるのか?面倒なら見てやるから辞めるなんて言うなよ?」
「はい…。」
豊の里の決意は固かった。東幕下2枚目の今場所5勝以上の勝ち越しで、再十両が決まる大切な場所である事は確かであった。35歳のベテランの覚悟はまだ10代の天才横綱には分かりかねる所であった。
そんな豊の里は初日、東川を押し出しで倒すと、中日8日目を終えて3勝1敗と、何とか食らいついていた。いよいよ後半戦に再十両昇進
がかかる。
付け人の好調さはこの横綱の場合関係無いのかも知れないが、コシは初日小結無双山を寄り切りで破ると、金星無配給マンの本領を発揮。中日8日目まで連勝を重ね給金を直した。他の2横綱も序盤ノーミスで8連勝。コシをピタリとマークする。追いかける1敗勢4人と言う展開で九州場所は前半戦を終えた。その1敗勢の中に大関陣の名は無く、どうやら場所の主役は横綱3人中心の戦いになりそうであった。
「トヨ!見てたぞ。良い突っ張り出るじゃねーか?」
「そうですか?目の前の一番に集中していたら、この成績(3勝1敗)になりまして。」
「とりあえず、先ずは勝ち越しして、なんぼ積み上げられるかだな?」
「コシ関は自分の相撲に集中して下さい。大記録かかってるんですから?」
「はーい。」
「年6場所完全制覇なんて、あの横綱白鵬でもなし得なかった大記録なんですからね?」
「そうだな。まだ2横綱や大関陣に関脇との対戦も終わってねーからな。」
「はい。言わずもがな、ですよ?」
「もう優勝のプレッシャーは無いけど、やはりライバル横綱には負けたくないよな。と言うか好成績は気にするなって方が無理だよな?」
「コシ関がライバルを気にするなんて、やっぱり相当プレッシャー感じてます?」
「豪昇龍はTVの中の一人だしな。」
「大鵬関は同期入門ですしね。」
「スピード昇進だと未だにそう言った感覚はあるんですね。」
「トヨ、腹減らない?」
「え?ちゃんこ食わなかったんですか?」
「いや、食ったけど?」
「博多の屋台ラーメン憧れだったんだよな。」
「トヨ連れてってよ。」
「時津川親方に怒られても知りませんよ?」
「頼むよ。ラーメン食ったら速攻帰って来るからさ。」
「時津川親方に何言われるか?」
と言う訳でコシとトヨは博多の屋台ラーメンを食べに行く事になった。