第22話 令和9年春場所①
厳しい冬を乗り越え迎えた春場所はコシにとって横綱7場所目だった。目標は3場所連続7回目の優勝である。
「なぁ、トヨ?」
「どうしました?」
「いまいち調子が上がんねーんだよな。」
「優勝を6回もしてる横綱の場所直前に吐くセリフちゃいまっせ?」
「稽古してもさ力入らないのよ?」
「豊山も入幕してきた事ですし、本場所では逆に力が抜けて良いんじゃないんですか?」
「あとは怪我をしない事。」
「だな。」
初日の相手は厄介な幕の内上位常連の猿飛。自分がどれだけやれるか分からない相手だ。
「コシ関、しっかり動きを見ながら前に出ましょう。」
「そうだな。」
と、支度部屋で話していた通りの展開に…。立ち合いから左に変化し、横から攻めて来る猿飛にコシは真っ向勝負。二の矢、三の矢としっかり喉輪攻めで猿飛に何もさせずに、一気に突き出した。
「どこが調子悪いんですか?むしろ絶好調じゃないですか?」
「そう思いたいんだがな。」
と、不安を口にするコシだったが中日給金直しで勝ち越した。その他の二横綱も中日給金直し。時津川部屋期待のルーキー豊山は6勝2敗とまずまずの成績で折り返した。今年の春場所は今の所全く荒れていなかった。コシや大鵬に先を越された大関照の山も7勝1敗と奮戦していた。前半戦を振り返ってみると、やはり三横綱特にコシの安定感は群を抜いていた。膝に爆弾をかかえるモンゴル出身の25歳の豪昇龍と入門同期の21歳大鵬も腰の怪我で一時期は低迷していた。越乃海も左手中指の骨折で休場した事はあったが、もうその怪我は完治した。まだ18歳の若武者なのだから、怪我の治りも早い。
「コシ関?どこか気になる所でも?」
「いや、そうじゃねーんだ。メンタルの問題だ。」
「74連勝の新記録を打ち立て、今度は90連勝を目指してる横綱がメンタル?何言っているんですか?」
「令和の神童とは言え、同じ人だからな。メンタルで上手く折り合いがつかない事もあるさ。」
「そう言う時は深呼吸!吸って!吐いて!」
「そんなガキのおまじないがこの越乃海様に通用するかってんだよ!?」
「トヨ、もう良い。自分で何とかする。」
「あ、そうですか…。って感じなんですよ。親方?」
「コシの好きな様にやらせてやれ。あいつも横綱とは言えまだ10代。色々と思う所があるのだろう。メンタル面の管理がしっかり出来れば、心技体全てが一流の大横綱になる。と私は見ている。トヨが付け人としてどうにかしてやりたいかは当然分かる。だがメンタル面だけは、コシ自身で乗り越えて行くしか無いんだ。」
「はい。分かりました。親方の言う通りです。角界の若き王者にも将来の女将さんの1人や2人必要なんですかね?」
「どう見てもまだ早いだろ?」
「でも女好きなコシにも確かに必要なピースかも知れないな。」
「まぁ、それも本人が決める事ですから…。」
と、越乃海の為にあれやこれやと作戦を打ち立てて行くものの、コレ!っと言う決定打は無く、結局の所コシ任せになるのは仕方無かった。