第21話 令和9年初場所(2027年)
年が明けて1週間。コシにとっては初めて横綱として迎える初場所は、三横綱を中心に回っていた。三横綱は揃って中日給金直しをしていた。追う大関陣は乱調気味。白星の安定には程遠くカド番になる可能性すらあった。三役陣もパッとしなかった。元気なのは三役の座を虎視眈々(こしたんたん)と狙う前頭上位の新興勢力と三横綱が優勝争いを展開する事になりそうであった。
しかし、初場所十日目共に初日から9連勝としていた横綱大鵬と豪昇龍が相次いで敗れ、全勝を守ったのは越乃海のみとなった。その後も覇気の無い大関陣を撃破し13連勝で迎えた初場所十四日目。コシは2敗の横綱大鵬と対戦。勝てば2場所連続6回目の幕の内最高優勝が決まる。立ち合い、もちろん変化はなし。大鵬は得意の左寄つ、コシは右寄つで喧嘩寄つであったが、上手を先に取ったのはコシで大鵬の左攻めを封じた。
体力的には余裕のあるコシではあったが、大鵬の巻き変えが早く、それに応じて前に踏み出した。結局、そのまま寄り切って14連勝で優勝を決めた。千秋楽の横綱豪昇龍戦はいわゆる消化試合になったが、きっちり全勝優勝で打ち止めとなった。優勝パレードはいつもの様に勝大兄さんを連れてオープンカーで行った。
「何とか千秋楽勝ち越しが出来て良かったよ。じゃなきゃオープンカーで弟弟子の優勝パレードに参加出来ないしな。」
「まぁ、勝ち越しは勝ち越しですからね。って言うか、今度は勝大兄さんの優勝パレードに同行したいです。」
「コシとは同部屋だから当たらないとしても、平幕優勝なんて、世代交代した今の角界じゃ無理だよ。」
「勝大兄さんだって元大関。優勝も経験しているし…。」
「まぁ、それは過去の話だ。それより年間90連勝の内の6分の1は達成出来たな?」
「その話、勝大兄さんにしましたっけ?」
「それをされちゃ、新しい横綱は1年間出ない事になるな?」
「次点でも大関にはなれますけど横綱は難しいですよね?」
「コシ、お前本気でやる気だな?」
「怪我だけはするなよ?」
「はい。時津川親方。」
「女将さん?」
「あら横綱。今場所の優勝おめでとう。お腹すいていない?」
「大丈夫です。祝勝会でしこたま飲まされてますから。」
「あら、じゃあお茶漬けでもいかがかしら?」
「はい。いただきます。普段はこうして女将さんと2人でサシ飲みなんてあり得ないですけど、こう言うのも良いですね。」
「所で時津川親方は?」
「色々後援会回りで横綱が優勝すると大変なのよ。プレス(記者)対応とかもあるみたいだし。ウチの部屋ただでさえ、大所帯だってのにね。」
「それは知らなかったな。」
「良いのよ。それで。横綱なんだから優勝して当たり前。後の気遣いなんてしなくて良いのよ。」
「お茶漬けご馳走様でした。」
「じゃあ自分先に寝ます。」
「はい、お休みなさい。」
こうして、令和9年初場所は横綱越乃海の全勝優勝で幕を閉じた。そして、明るい話題がもう一つ。三段目最下位格付け出しでデビューしていた同郷の4代目豊山が東十両3枚目で13勝2敗で十両優勝を決め、来場所の新入幕を確実にした。