第19話 令和8年九州場所②
後半戦はまさしく星の潰し合いであった。好調だった大関陣も自分と同格以上の力士との対戦は流石に綺麗に白星を連ねるのは難しかった。
だが、横綱越乃海は違った。好調な大関陣を相手に得意のぶちかましやかち上げからの突き押しで白星を連ねた。十三日目を終えて、ただ一人コシが全勝で1敗で横綱豪昇龍2敗で横綱2代目大鵬と大関照の山が追うと言う展開になった。序盤に星を2つ落とした2代目大鵬であったが、流石は横綱。後半戦は全勝で来たものの、自力優勝の可能性は無くなっていた。コシの4場所ぶり5度目の優勝が目前に広がっていた。
だが、まだ油断は出来なかった。2人の横綱との2連戦が控えていたからだ。まずは2代目大鵬と。過去の対戦成績はコシの5戦5勝と、関取になってからは本場所では負けた事は無い。しかし、幕下以下の時代では同期の相手の中では苦手にしていた相手である。まぁ、過去の話ではあるが…。2代目大鵬としてはここまでの良い流れを途切れさせたくはなかった。と言うより、負けたら優勝争いから脱落してしまう。
「右手使えないんだろ?ああ、左手か。それなら勝つ可能性は充分にある。」
と2代目大鵬はコシを手負いの横綱と侮っていた。
「コシ関?大鵬関は勝つチャンスがあると見ているようですが?」
「全部吹き飛ばす。小細工は通用しない。俺の場合は。」
「74連勝した時のオーラが出てきましたね。」
「あぁ。今日優勝決めるつもりで戦う。」
「横綱同士ですがよろしくお願いしますよ?」
「おう!」
結局十四日目大鵬は立ち合いの変化を選択。ぶちかましやかち上げからの突き押しは出来なかったが、それでも大鵬の右手封じ作戦にしっかり対応。時間はかかったが、右寄つに巻き変えて勝負を決めた。これで14連勝。結びの横綱豪昇龍は大関照の山に敗れ2敗に後退。この瞬間コシの4場所ぶり5度目の幕の内最高優勝が決まった。コシは千秋楽も横綱豪昇龍をあっさりと退け、15戦全勝優勝を果たした。紙面には堂々と怪我をした左手でVサインをするコシの写真が載った。
「横綱越乃海復活の優勝。」
「自分が休んでいた為に、同期の大鵬を横綱にしてしまった責任がありますからね。そこは壁になれなかった横綱の責任はありますから。」
「今は怪我の具合はいかがですか?」
「80〜90%治っていますね。一応テーピングはしてますが。じゃ、そう言う事で。失礼します。」
そう言うと、マスコミの質問を遮って福岡国際センターを後にした。
「良かったんですか?あんな雑なマスコミ対応で?」
「かまへん。かまへん。あんなもんに付き合ってたら小一時間無駄にするがな。」
「それより飯や。トヨも腹すいとるやろ?」
「え、ええ。」
「これが史上最年少で横綱になった山田太少年の素顔か?」
「山田太ってありきたりな名前なのにな。」
「!?いや、そう言う意味じゃないんですよ?悪意は全く無いんですよ。」
「分かっている。言わせておけ。俺はまだ18歳だから酒飲まれへんけど、はよ乾杯しよーぜ?」
「はい!!」
こうして、令和8年九州場所は横綱越乃海の全勝優勝で幕を閉じた。そして、令和9年初場所に向けての稽古が本格化しようとしていた。と、早くもコシは次の場所を見据えていた。