第10話 令和7年(2025年)九州場所②
ここまでは取りこぼし無く来たコシであったが、大関戦が予想される最終盤まで出来る限り星を積み重ねておきたい所であった。
そんな周囲の心配などどこ吹く風で、コシは土つかずの11連勝で12日目の大関若本夏戦を迎えた。既に直近3場所合計33勝は数字上は到達していたが大関戦でどこまでの相撲を見せられるか審判部へのアピールポイントとなる。
「左さえ封じれば…。」
と、付け人の豊の里の言う通り、まわしを与えず一気に押して行くのか、右のおっつけを厳しく得意ではない左寄つで行こうかコシは迷っていた。
時津川親方からはがむしゃらに行けと言われていた。
「よし、立ち合いはぶちかまして、突き押しで行く。」
その言葉通りコシは立ち合いから徹底的に突き押して大関若本夏に相撲を取らせなかった。気が付けば若本夏を押し出していた。これで12連勝。翌日の大関安高戦では、一転得意の右寄つで完勝し、これで13連勝。周囲は3場所連続の優勝に期待し始めていた。
勝てば大関も優勝も文句無しの対戦相手は大関豪昇龍。と、ここで予想外のハプニングが九州場所14日目の朝稽古で右太腿ハムストリングスを肉離れし、突如休場。越乃海は不戦勝で3場所連続3回目の優勝が決まった。後は千秋楽の相手に勝って全勝優勝で大関昇進に花を添えたい所である。
「なぁ、トヨ?千秋楽全勝で決めたいんだけど、どう勝ったら良い?」
「何?得意のぶちかましからの突き押し?芸が無いな。」
「じゃあここはいっちょ腕試しで組み止めてみっか?」
「それは場内大いに盛り上がりますよ。」
「それでこそ史上最年少大関に相応しい。よし、決めた。」
「まぁ、突き押しでも寄つでも勝てば良いんですよ。」
そして迎えた千秋楽。協会ご挨拶やこれより三役はもう手慣れたもの。結び2番前の新小結2代目大鵬戦に照準を合わせる。東に関脇の越乃海、西に新小結の2代目大鵬と令和6年春場所同期の対戦となった。通算の対戦成績では顔が合っただけでコシの3勝5敗。やりやすい相手では無かった。
裁くのは第41代式守伊之助。懸かる懸賞は59本。2代目大鵬としては、勝って星を二桁に乗せ、大関昇進の足場固めにしたい所である。塩をまいている辺りから緊張で頭が真っ白になった。これは大関昇進を確実にする為の緊張であろう。頭の中は右寄つ、右寄つであった。
対する2代目大鵬は、ぶちかましさえしのげば勝てると思っていた。そうこうするうちに制限時間一杯となり、両力士気迫充分。
「時間です。待ったなし!手をついて!」
先に拳をつくのは2代目大鵬、少し余裕の笑み。
「んにゃろう!」
「はっけよーい!残った残った!」
威力の落ちた立ち合いにはなるが、意識して来た右寄つにはなれた。2代目大鵬もがっぷり胸が合う形となった。さぁどちらが勝つか?2分が経過した頃だったか。
「えい!」
と、内無双を払ったコシは、2代目大鵬を土俵中央に仰向けにした。これにより、関脇越乃海は15戦全勝優勝で大関昇進を確実にした。