令和17年春場所②
九日目からは、小結以上の所謂役力士との対戦が始まった。もちろん、格上のコシは横綱として負けられないのは言うまでもない。言われてみれば、横綱として9年以上土俵に上がっているが、多くのライバル達が去って行った。時代の流れもあるだろうが、寂しさもあり、新勢力の台頭を嬉しく思う部分も全く無い訳では無かった。
一日一番とはよく言うが、コシもそれを大切にしていた。どんな相手が来ても、この日の一番に集中する事。その積み重ねの上に優勝はある。
「コシ?どうした?いつもの様にぶちかませないか?」
「いえ。今場所はかち上げで行こうと思いまして。」
「そうか…。」
と、こんなやり取りが、場所前コシと時津川親方との間で、交わされていた。調子が悪い時の立ち合いは、かち上げや張り差しやもろはずにすると言うのが、コシのバロメーターであった。横綱として注文相撲が取れない以上、立ち合いの方法一つで勝てるか勝てないかが決まって来る。
かち上げは、休場明けなど、調整が上手く行っていない時にコシが選択する立ち合いだ。相手の状態を起こし、突っ張りや張り手で、押し切りたい時に有効で、相手力士もかち上げをモロに食らうと、状態が仰け反る。そこを一気に押し切る。喉輪が入れば尚良し。まわしには拘らず、一気に行く。これがポイントである。
コシは、どちらかと言えば突き押しで、ここまで勝って来た。右寄つに相撲もとれるが、やはりコシと言えば、がっぷり寄つにはしたくないタイプの横綱である。激しい立ち合いからの突き押しがコシの魅力だ。まわしを取られたら、負けるかも知れないと言う潜在意識がコシにはあるようで、それは先代時津川親方からの指摘であったと言う。
「コシ!お前はまともに組んでは、上には行けない。突き押しを磨け。」
そう言われた日から毎日1000回以上の鉄砲で、突き押しに磨きをかけるようになった。結果は、すぐに出た。前相撲出身力士では最速となる6場所で関取になった。2場所で十両を通過すると、幕内に上がって3場所(所要11場所)17歳の若さで三役の地位を張るようになった訳である。そこからは、ご覧の通りの電車道である。血の滲む鉄砲の努力は嘘をつかなかった。場所中でも負けた時は悔しくてちゃんこの後に鉄砲を追加で打つ事もあった。反吐を吐き、ゲロを吐いても鉄砲だけは欠かさなかった。勿論、摺り足や四股を怠る事も無かった。
第75代横綱越乃海、本名山田太はついに歴史を塗り替える瞬間を迎える。令和17年春場所千秋楽。相手は同期の横綱照の山であった。勝った方が優勝。非常に分かりやすい。通算成績では、越乃海が照の山を圧倒的にリードしていた。第43代木村庄之助結びのふれ。両者気合が乗り、最後の塩に別れる。会場のボルテージは最高潮。
「ハッケヨイ!残った。残った。」
木村庄之助の声を歓声が掻き消す。越乃海が押す。照の山防戦一方。足が出た。越乃海がやった!46回目の幕内最高優勝。新記録達成である。
「越乃海関おめでとうございます。」
「優勝記録更新ですよ?」
「ええ。そうみたいですね。」
まるで、他人事の様で、全く実感の湧かないコシであった。