第102話 令和17年春場所①
横綱55場所目のコシは、いつも通りの激しい稽古を積み重ねて、幕内優勝回数最多記録更新に王手をかけて臨む場所となった。
「横綱?いよいよですね?」
「フクちゃんにまでそれ言われるとキツイな。」
「何言ってんすか?横綱なら楽勝ですって。」
「まぁな。大記録がかかってるのを意識すると好ましくないメンタルになる。」
「自分は土俵に上がった事が無いので、力士の苦悩にどうこう言える立場ではないのですが、1パーソナルトレーナーとしてアドバイスは一つ出来ます。」
「何?」
「今までやって来た事を信じる。それに尽きます。だって横綱は努力して来たじゃないですか?」
「そりゃあ現役力士だからな。」
「それを信じて決めてやりましょうよ?」
「だな。」
「ねぇ、あなた?」
「ちょっとは家庭の事も…って無理よね?」
「ママの手伝いなら僕達がやるよ!」
「竜一、竜二、竜三まで。」
「パパはお相撲の事だけ考えて?」
「お、おう。助かるよ。」
「これで優勝出来なかったら、本当にただじゃ済まないからね?」
大阪入りしたのは3月に入ってからの事であった。調子は良かった。
「コシ関?まだまだ当たり足りてないっすよ?」
「中村(時天山)には言われたくないな。だって50%位の力しかいれてないし。」
「山中(時虎丸)!当たる時は頭から行け。」
「中村さん?コシ関どうしちゃったんですかね?何かいつにも増してパワフルと言うかエネルギッシュな感じがするんですけど?」
「そりゃあ、前人未踏の大記録がかかってるからな。力いれるなって方が無理だ。」
「時津川親方はいつも通り”仏”ですし。」
「先代の頃からの教えで、弟子にはああだこうだ口出しはしないスタイルでやって来ている。地位が上の力士が下位の力士に色々教える。まぁ、伝統のある部屋だしな。」
中卒叩き上げで横綱になった越乃海の事は特に信頼していて、若い頃からの戦友的な感情があるらしい。時津川親方が小結で引退した事に引け目を感じているみたいだ。
「中村?そんなにお喋りしてて良いのか?まだ稽古不足じゃねーのか?」
「ったく。これだから中村は…。山中もまだ稽古足りてないだろ?」
「はい。すみません。」
そして、令和17年春場所が場所入りした。全くうるさかった横綱越乃海の優勝回数の最多記録更新の声に盛り上がる様に、白星を重ねて行くコシは無双状態に入っていた。当たり前の様に中日給金直しで前半戦を無傷でUターンし、勝負の後半戦に入って行った。マスコミ各社は優勝は確実等と報じるも、一部ヒートアップしていた報道に牽制し合う様子も伺えた。
「6勝2敗位じゃ騒いでもくれませんね?」
「綱取りでもない大関の7勝1敗は、頑張ってます賞くらいくれても良いのに。」
「まぁ、あと7日間もあるんだ。ひたむきに激しく頑張ろうぜ?」
「良いですよねコシ関は?どうせ一人独走して呆気なく優勝回数記録更新しちゃうんだろうし?」
「強いから勝つんじゃない。勝った者が強いんだ。」
「そのフレーズなんて耳タコなんですけど。」
「怪我をしたくなきゃ強くなれ。」
「そのフレーズも耳タコなんですよね…。」
でもそれはあながち間違っていないから憎かった。