第九話 油断と強制送還
「ぅ……身体が……痛い……」
硬い床で眠ったことにより、身体の節々が痛むのを感じながら、ダグラスはゆっくりと起き上がる。寝惚け眼を擦り、大理石のような石材で造られた、神聖な空気の漂う部屋を見渡した。
(そういえば、ゲームの世界に転生したんだった……)
昨日の出来事が夢じゃなかったのだと再認識し、肩を回して固まった身体をほぐす。
「良しっ、——今日の目標は、戦士系統と魔法系統の『天職』を『中級職』の階位まで上げるッ!」
身体をほぐしている間に、思考が回り始めたダグラスは、右腕を天に突き上げながら、今日の目標を高らかに宣言した——。
昨日採取し過ぎた食材を使って朝食を済ませた後、ダグラスは【創極の神造工房】の中央部屋であぐらをかいて、今日の具体的な行動計画に頭を悩ませていた。
「熟練度上げをすると決めたものの、昨日スキルの空打ちをしても熟練度が上がらなかったんだよな……」
ゲームでは、実際の戦闘で無くとも、スキルを発動するだけで『天職』の熟練度は上昇した。それにも拘らず、昨日スキルを発動した際、戦士系統と魔法系統の熟練度は一切上がらなかったのだ。
(実際の戦闘で無ければ、熟練度が上がらないのか? だとすると、魔物を探す手間が発生する分、『天職』の育成効率がかなり下がるぞ……)
嫌な考えが頭に思い浮かぶも、行動しないことには始まらないな、とあぐらを崩して立ち上がる。
「『千変万化』形態:鍵」
スキル名を呟くと、右腕に装備された『腕輪』型の【叛天の救誓】が、紫紺の輝きを放ちながら『鍵』の形状へと変化した。その鍵を空中へと差し込み、時計回りに回す。すると、ダグラスの足元に黄金の魔法陣が展開され、外界への転移が開始された——。
「……改めて戻ってくると、かなりうるさいな…………」
『乾坤の滝』の裏側にある洞窟へと戻ってきたダグラスは、八畳ほどの洞窟内に反響する滝の轟音へ顔を顰める。流れる滝と壁の間にある、人一人分の僅かな隙間を、足を滑らせないよう慎重に進み、滝裏の洞窟から脱出した。
「手頃な魔物を探しに……いや、その前にもう一回だけ空撃ちを試しておくか。——『千変万化』形態:蛇腹剣」
改めて、空撃ちによる熟練度上げが無理なのか確認する為、【叛天の救誓】を蛇腹剣の形へと変化させる。そして、蛇腹剣の柄を両手で握り、上段に構えた。
「『強撃』」
スキル発動と同時に、身体から真紅の闘気が立ち昇り、蛇腹剣を覆っていく。蛇腹剣は、覆われた闘気に呼応して、黒い刀身に煌々とした真紅の紋様を浮かび上がらせた。
「——フッ!」
闘気を纏った紅の一閃が空気を切り裂く。頭上に構えた剣が真下に振り下ろされると、ダグラスの正面に広がる森の木々が剣圧によって振動した。剣を覆っていた闘気が霧散し、蛇腹剣に浮かび上がっていた真紅の紋様も消えていく。蛇腹剣を宙へ放り投げ、元に戻れと念じると、蛇腹剣は紫紺の光となって、ダグラスの右腕へ収束し腕輪に戻った。
「『ステータス』」
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ダグラス・イニティウム
《年齢》十二歳 《才能》EX
《闘気》D 《魔力》D
《聖力》D 《識力》B
《天職》【極越神】(——)
——【見習い戦士】(五〇/一〇〇)
——【見習い魔法師】(〇/一〇〇)
——【見習い神官】(〇/一〇〇)
——【釣師】(〇/二五〇〇)
——【農夫】(四五/二五〇〇)
——【裁縫師】(〇/二五〇〇)
——【料理人】(四〇/二五〇〇)
《装備》【叛天の救誓】
《称号》『魔神の使徒』『極神を超越せし者』
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「……あれ? 熟練度が上昇してる?」
どうせ上がっていないだろう、と期待せずにステータスを確認したダグラスだったが、予想とは裏腹に上昇していた【見習い戦士】の熟練度に目を丸くする。嬉しい誤算ではあるものの、何故熟練度が上昇したのか分からず、首を傾げていると、ある可能性に思い当たった。
(【創極の神造工房】内では、生産系統以外の熟練度は上がらない、とか……?)
『生産系統の『天職』を持つ者の為、神が造り上げた工房』という【創極の神造工房】の説明文を思い出し、仮説を立てるダグラス。しかし、その仮説に対して明確な答えを提示してくれる者は居ない為、そういうことにしておこうと、自分の中で結論づけた。
「空撃ちでも熟練度が上がるなら、やることは一つ。——ひたすらスキルを撃ちまくるッ!」
そう宣言したダグラスは、『乾坤の滝』の前で『天職』の熟練度上げを開始した——。
「——ふぅ……。そろそろ耳がバカになりそうだし、滝から離れよう……」
闘気が枯渇するまで剣を振り、枯渇したら魔法を放つ。魔力が枯渇したら、再び剣を振る。聖力を使用した回復を合間に挟み、それを繰り返すこと約四時間。滝の音に嫌気が差してきたダグラスは、気分転換がてら、滝から離れることにした。
滝から続く川に沿って下流へ歩きながら、自身のステータスを確認する。
「『ステータス』」
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ダグラス・イニティウム
《年齢》十二歳 《才能》EX
《闘気》D⇨B 《魔力》D⇨B
《聖力》D⇨C 《識力》B
《天職》【極越神】(——)
——【剣士】(四五/二五〇〇) New
——【拳士】(〇/二五〇〇) New
——【弓士】(〇/二五〇〇) New
——【鞭士】(三〇/二五〇〇) New
——【火魔法師】(〇/二五〇〇) New
——【水魔法師】(〇/二五〇〇) New
——【土魔法師】(〇/二五〇〇) New
——【風魔法師】(〇/二五〇〇) New
——【光魔法師】(一二〇/二五〇〇) New
——【闇魔法師】(〇/二五〇〇) New
——【神官】(三七〇/五〇〇) New
——【釣師】(〇/二五〇〇)
——【農夫】(四五/二五〇〇)
——【裁縫師】(〇/二五〇〇)
——【料理人】(四〇/二五〇〇)
《装備》【叛天の救誓】
《称号》『魔神の使徒』『極神を超越せし者』
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今日の目標としていた、戦士系統と魔法系統の『中級職』到達を早くも成し遂げたダグラスは、自身のステータスを見て顔を綻ばせる。
(順調っ! この調子ならすぐにでもダンジョンに潜れるなっ!)
ゲームでは、空撃ちするより実際に魔物との戦闘でスキルを使用した時の方が、熟練度の伸び率が高かった。空撃ちでここまで熟練度が上昇するなら、ダンジョンに潜ったらどうなってしまうのか、とダグラスが妄想に耽っていた時……。
「——紫色の長髪……君がダグラス君かい?」
「……へ?」
——森の茂みから静かに出てきた赤髪の男性が話しかけてきた。
二十代半ばくらいに見える端正な顔立ちをした男性に見覚えは無く、相手の口振りからしても初対面なのだろう。何故自分の名前を知っているのか、何故こんな森の中に居るのか、と様々な疑問が頭に浮かび、混乱する。
「怪しい者じゃないから、安心して? 僕の名前はトーマス。君のお父さんから依頼を受けて、君を探しに来た冒険者さ」
(なんだ、捜索依頼を受けた冒険者かぁ……捜索依頼?)
「し」
「し?」
(——しまったぁああああああああああッ⁉︎)
自身の犯した大失態に、心の中で絶叫しながら頭を抱える。【極越神】というチート『天職』の取得や、たった数時間で『中級職』に上がる自身のステータスに浮かれ、自分が探されているかも知れないなんて思考は、頭から完全に抜け落ちていた。
(ダグラスは村長の息子だぞッ! 森に捜索隊が出されるなんて、ちょっと考えれば分かるだろうがッ!)
「だ、大丈夫かい?」
突然頭を抱え出したダグラスに、若干引いたような声音で尋ねてくるトーマス。
(まだ誤魔化せるか? ……無理だな、ダグラス以外に紫色の長髪をした少年が、この辺境の森に居るなんてあり得ない……)
ダグラスは苦虫を噛み潰したような表情で、トーマスに声を掛ける。
「……そ、そうなんですか、ご心配をお掛けしました。俺がダグラスです」
「……何だか、とても嫌そうな顔をしていないかい?」
「アハハー、ソンナコトナイ、デスヨ?」
「うん、とてもカタコトだね?」
トーマスが苦笑しながら問い掛けてくるが、生憎彼に構っていられる余裕は無い。このままでは、村に連れ戻され、メインキャラたちと接点が出来てしまう。
「昨日から森を彷徨っていたんだろう? 早く村に戻って、休んだ方が良い」
そう告げたトーマスは、ダグラスの横まで歩み寄ると、こっちだ、と言わんばかりにダグラスの背を優しく押してくる。トーマスによる善意百パーセントの行動は、ダグラスにとって悪魔の行動そのものだった。
(ちくしょうッ! ……この際、村に連れ戻されるのは甘んじて受け入れよう。ただし、——メインキャラ、特にユリウスとは、絶対関わらないようにしなければ……)
心の中で決意を固めたダグラスは、彼の住んでいた村にして、ゲームの初期値である『イニティ村』へと強制送還されることとなった——。