第七話 創極の神造工房
ダグラスはその場に腰を下ろして胡坐をかくと、今後の方針について思考を巡らせていく。
「さて、これからどう動くか……まず、最初に考えるべきは衣食住だよな」
元々ダグラスの暮らしていたイニティ村へ戻れば、衣食住の問題は解決出来る。しかし、本来死んでいる筈のダグラスが村に戻る事で、ゲームのストーリーに変化する恐れがある為、その選択は取れないのだった。
「……上裸で、無一文。イニティ村以外の集落はかなり遠いし、頼れる知り合いも居ない」
自身の置かれた状況を整理していくダグラスは、言葉を発する度に表情を暗くしていく。
「……不幸中の幸いは、【極越神】によって生産系統の『天職』を扱えることだな」
ゲームで生産系統の『天職』を育てる際、森で採取した素材を使用して、服や料理を作っていた記憶を頭に浮かべ、しみじみと呟いた。
「そうなると、問題は住居だよなぁ……」
魔物に襲われる可能性がある為、森の中に住むのは難しい。さらに、いま居る洞窟で生活しようにも、洞窟内には滝の流れ落ちる轟音が鳴り響いており、とてもじゃないが拠点に出来る場所では無い。
「ハァ……贅沢は言わないから、雨風が凌げて、魔物に襲われなくて——ついでに虫もいなくて、騒音も無くて、セキュリティのしっかりした個室が欲しい」
全力で無いものねだりを行うダグラスが、何と無く自身の右手に装備された黒い腕輪へ視線を向けた時……。
「……あれ? 何とかなるんじゃないか?」
天啓とも言うべき画期的なアイデアを思いつき、パッと表情を明るくする。
「【叛天の救誓】が全ての【極神器】を内包しているならッ……」
自身の腕に装備されている『腕輪』を見つめたダグラスは、ゲームで入手した生産系統の【極神器】を思い浮かべて、スキル名を口にする。
「『千変万化』形態:鍵」
すると、腕輪に刻まれた紋様が紫紺の輝きを放ち、一瞬にして『黒い鍵』へと姿を変えた。
「良しッ! これがあれば、【創極の神造工房】へ移動できる筈だ!」
黒い鍵を握りしめ、顔を綻ばせたダグラスは、胡坐を崩して立ち上がる。『千変万化』を使用した際に、頭へ流れ込んできた鍵の使用方法に従って、ダグラスは目の前の何もない空間へと鍵を突き出した。
「おぉ……」
突き出した鍵の先端が空間そのものに差し込まれるという、今まで目にしたことのない衝撃的な光景へ、思わず声を漏らす。
鍵が八割ほど空間に埋まった所で、それ以上入らなくなり、ダグラスは鍵を反時計回りに回した。鍵が九十度回転すると、足元に見覚えのある黄金の魔法陣が展開され、独特の浮遊感に包まれるのだった——。
「——完成!」
裁縫系統の『天職』へ用意されたレトロな工房——『神縫の工房』にて、ダグラスは完成した白いTシャツを両手で掴み、掲げていた。初めて作った服とは思えない出来栄えに、満足気な顔を浮かべるダグラスは、さっそく来てみよう、と頭からシャツを被る。
「……少し大きい、か? 十二歳だし、すぐ適正サイズになるだろ」
ダグラスは成長期真っ只中な自身の身体を眺め、問題ないと結論付けた。足踏み式のミシン前に置かれた木製の椅子へと腰かけ、最低限の衣食住が確保出来たことに安堵の溜め息を吐く。
「何とか生活はしていけそうだな……」
生活に目途が立ったダグラスは、思考を『衣食住の確保』から『レミリア達を救うこと』へ切り替える。椅子の背もたれに身体を預けて、目を瞑ると優先事項を考え始めた。
(——あのキャラが命を落とすシナリオまで、約三年。成人の儀が行われる日までに、少なくとも王国騎士団長と同等の力は身に付ける)
救いたいと考えるキャラの中で、一番最初に命を落とす少女へと思いを馳せた。少女の命を奪い去った強大な魔物と、その魔物を打ち倒した王国騎士団長。少女を救うなら、王国最強の騎士団長と同等の力を身に付けなければならない、とダグラスは自身に言い聞かせる。
(その為には、熟練度を稼いで高い階位の『天職』へ就く必要があるな)
そこまで考えたダグラスは、おもむろに瞼を開き、天井を仰いでいた顔を正面に戻す。
「『ステータス』」
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ダグラス・イニティウム
《年齢》十二歳 《才能》EX
《闘気》D 《魔力》D
《聖力》D 《識力》D⇨C
《天職》【極越神】(——)
——【見習い戦士】(〇/一〇〇)
——【見習い魔法師】(〇/一〇〇)
——【見習い神官】(〇/一〇〇)
——【見習い生産者】⇨【生産者】(八〇/五〇〇)
《装備》【叛天の救誓】
《称号》『魔神の使徒』『極神を超越せし者』
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全系統の『天職』が表示されている『ステータス』を眺めながら、どう能力を伸ばしていくか思案する。
「理想を言えば、全ての『天職』を『神級職』へ持っていきたいところだけど……才能階位がEXとはいえ、流石に時間が足りないよな……」
階位が上がるに連れ、必要な熟練度が激増していく『天職』の仕様を思い浮かべながら、顎に手を添えて静かに呟いた。
「まずは——全属性の『特級職』を揃える。かなり大変だが、この世界で俺が戦う必須条件だな」
この世界での戦いは、属性相性が大きく作用する。ゲームではパーティを組んで戦っていた為、属性相性を仲間同士補い合えたのだが、ダグラスに仲間は居ない。仲間を探そうにも、才能階位の高いキャラは漏れなくストーリーに関与している為、共に邪神と戦える程の仲間は見つからないだろう。
(魔法系統は全属性の『天職』を修めるとして……考えるべきは物理属性だな。『斬・突・打』の三属性を揃えるのに適した『天職』は何だ?)
物理系統の『天職』を頭に思い浮かべると、ゲームで『突属性』だった槍や薙刀が、現実で考えれば『斬・突・打』の全てを賄えるのではないかと思いつく。
「槍か……いや、せっかく全ての『天職』に就けるんだ。その利点を活かして考えろ……」
槍という中距離武器で物理属性を賄うのではなく、全ての『天職』に就ける利点を活かし、攻撃距離に幅を持たせた上で物理属性を揃えようと頭を捻る。
「咄嗟の対応が出来るよう、格闘系の『天職』には就いておきたいな。あと、遠距離の物理攻撃手段として、射手系の『天職』にも就いておきたい。これで『近距離・打属性』『遠距離・突属性』か。……残るは『中距離・斬属性』」
中距離攻撃と斬属性の攻撃を両立する武器を考え始めた瞬間、一つの武器が脳裏を過ぎる。しかし、それはゲームの中に存在しなかった武器であり、当然のことながら、その武器を扱うために特化した『天職』も存在していなかった。右手に装備されている黒い腕輪を見つめながら、ダグラスが緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。
「……『千変万化』形態:蛇腹剣」
蛇腹剣とは、剣でありながら、伸縮して鞭のようにも扱える機構武器のことだ。特徴的なのはその刀身であり、等間隔で幾つかの節に分割された刀身は、内部にワイヤーが仕込まれている。そのワイヤーを張り上げれば刀身が連結されて一本の剣に、緩めれば刀身が分節化されて鞭となる。ダグラスは変幻自在な攻撃距離と『斬属性』を兼ね備えた蛇腹剣に強い魅力を感じていた。
「……マジでどんな装備にもなるんだなぁ」
紫紺の輝きを放ちながら、ゲームに存在しなかった武器である蛇腹剣へと姿を変えた【叛天の救誓】に目を丸くする。
「良しっ、試しに振ってみるか!」
そう言っておもむろに椅子から立ちあがると、ダグラスは剣を振り回しても問題なさそうな『神繁の農園』へと移動を始めた——。