第六話 バランスブレイカー
「……戻って来たのか」
転移の浮遊感が消えたダグラスは、自分が『乾坤の滝』の裏にあった洞窟へ戻ってきたことを認識した。転移前と異なるのは、自分の右腕に装備された黒い腕輪と、洞窟に存在した石碑が消失していることだけだ。
「ゲームだと全部の【極神器】を取得するまで、石碑は消えなかったんだけどな……」
【神器】を取得して喜びを感じる一方、所々で感じるゲームとこの世界の差異に、一抹の不安を覚えるダグラス。気持ちを切り替える為、両手で自身の頬を強く叩くと、明るい声を洞窟に響かせる。
「うだうだ考えても仕方ない! そんな事より『ステータス』を確認しようっ!」
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ダグラス・イニティウム
《年齢》十二歳 《才能》B⇨EX
《闘気》D New 《魔力》C⇨D
《聖力》D New 《識力》D New
《天職》【極越神】(——) New
——【見習い戦士】(〇/一〇〇) New
——【見習い魔法師】(〇/一〇〇) New
——【見習い僧侶】(〇/一〇〇) New
——【見習い職人】(〇/一〇〇) New
《装備》【叛天の救誓】
《称号》『魔神の使徒』『極神を超越せし者(New)』
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「……なんだ……これ……?」
自らのステータスを確認したダグラスは、その内容に混迷を極めた。
【極越神】という謎の『天職』を取得したのは、アナウンスで分かっていた為、一旦置いておく。——問題は、その【極越神】の傘下に、全系統の『最下級職』が表示されていることだ。
(複数の『天職』を同時に取得しているのは、ゲームの『極神職』も同じ。——ただし、取得出来る『天職』の系統は一つだった)
【闘極神】なら戦士系統、【魔極神】なら魔法系統といったように、『極神職』を取得したとしても、同時に取得出来る『天職』は系統内に限定されていた。
(複数系統の『天職』を取得するなんて……これじゃあ、まるで……)
実を言うと、ダグラスは似たようなステータス表記に心当たりがあった。それは、この世界で唯一無二の『天職』を持つゲームの主人公——ユリウスだ。
ユリウスは【勇者】という特別な『天職』を持っており、【勇者】の傘下には【剣士】と【光魔法師】が表示されていた。世界で唯一、二系統の『天職』を取得した力を以って、救世を成し遂げたのだ。
(世界を救う勇者ですら二系統なのに、全系統なんてあり得るか?)
余りにも馬鹿げたステータスの表記に、バグを疑いながら【極越神】の詳細を確認する。
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【極越神】
全ての極神が持つ権能を集い昇華した、果てなき超越の権能
・【極越神】取得時、全ての熟練度を初期化する
・【極越神】取得時、全系統の『最下級職』を取得する
・『天職』取得における制約を無効化する
・全系統における、全ての『天職』を取得可能
・同時に複数の『天職』を取得可能
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「なんだこのイカれた『天職』はッ⁉︎」
ダグラスは【極越神】の詳細を確認すると、唾を飛ばしながら声を張り上げた。狭い洞窟内に声が反響し、耳に突き刺さるが、気にする余裕がないとばかりに独り言を口にし始める。
「複数の『天職』を制約無しで同時取得出来るのは『極神職』と同じだけど、——系統を跨ぐのは不味いだろッ!?」
ダグラスは誰も居ない洞窟に、抗議の声を響かせた。
「ユリウスだって二系統、——それも『剣』と『光』だけっていう制約があった。それでも世界を救うほどの力を持っていたんだぞ? 系統を跨ぐってのは、それだけ強力な力なのにッ!」
ダグラスは自身のステータスに記載された【極越神】の詳細を睨みつける。
「——全系統ッ! これがソシャゲだったら、バランスブレイカー過ぎて、サ終待ったなしだぞッ⁉︎」
天上を見上げ、喉が枯れる程に叫び散らしたダグラスは、肩を大きく上下させながら激しく呼吸する。
しばらく天井を仰ぎ見ていたダグラスは、乱れていた呼吸と精神が落ち着いてきたのを感じ、顔を正面に戻す。
「……まぁ、ラファリア達を救うのに、強力な力があるのは素直にありがたいか」
これから救うべき者たちのことを考えると、力があるに越したことはない。ダグラスの取得した力を受け入れ、【神器】の詳細確認へ移ることにした。
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【極越神器:叛天の救誓】
全系統の【極神器】が集い昇華した、果てなき超越の【神器】
《固有スキル》
・『絶対不壊』この装備が壊れることは無い
・『忠誠回帰』契約者のみ使用可能であり、手元から離れても回帰する
・『千変万化』契約者の望みに応じ、如何なる装備にも変化可能
・『全能昇華』契約者の全能力階位を永続的に一段階上昇させる
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「……」
【叛天の救誓】の性能を確認したダグラスは、石のように固まり、微動だにしなくなった。
(……三番目のスキルまでは、ゲームの【極神器】と同じだけど……新しいスキルが一つ追加されてるな)
『全能昇華』の説明を見つめながら、まだ『最下級職』にも拘わらず、闘気や魔力などの能力階位がEではなくDとなっている理由を悟る。
本来、『最下級職』の能力階位はEになる。能力階位は『天職』の階位と対応しており、『下級職』はD、『中級職』はC、『上級職』はB、『特級職』はA、『極級職』はS、『神級職』はSSといった順番で階位が上がっていく。
「能力階位が一段階上がる……? 馬鹿言うなよ、階位には絶対的な壁が存在するはずだろ……?」
ゲームをプレイしていた時、推奨階位が『上級』の火系統ダンジョンに『中級職』の【水魔法師】で挑んだことがある。同じ階位であれば、属性相性が絶対だった為、たとえ階位が一つ上でも、有利属性なら何とかなるのではないかと考えたのだ。
(……結果は瞬殺。戦いにすらならなかったな)
階位の差は、属性相性でどうにかなる次元を超えていた。『上級』の火系統に対し、『中級』の水系統で挑む行為は、山火事の消火に水バケツで挑む同然の行為だったのだ。それなのに……。
「——無条件で能力階位を一段階上げるなんて……」
【叛天の救誓】が保有するスキルの絶大な力に、顔を引き攣らせるダグラスは、続いて称号の確認に移行する。
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『極神を超越せし者』
全ての極神が持つ力を宿し、無窮の超越を遂げる者
・才能階位をEXに変更する
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「才能階位を……EXに……?」
ゲームにおいて才能階位とは、そのキャラが取得出来る『天職』の階位上限と、成長速度を示すパラメータだった。例えば、才能階位がEのキャラは『最下級職』から上位の『天職』は取得出来ず、才能階位がSSのキャラは『神級職』まで取得出来る上に、熟練度も上昇しやすい。
ゲーム内の説明では、この世界に生きる殆どの人間は『中級職』止まりであり、『上級職』に到達出来れば、国直属の騎士団や魔法師団に所属可能とされていた。つまり、『上級職』に到達出来る才能階位Bを持ったダグラスに転生出来たのは、性能面だけで言えば当たりの部類だったのだ。勿論、メインキャラを除けばの話ではあるが。
(ゲームで得られた称号って、『極神に至りし者』だったよな? 『才能階位をSSに変更する』効果だった筈なのに……)
エンドコンテンツである【極神器】の取得は、キャラの才能階位をSSに変更する称号を得られる為、才能階位に関係なく、推しキャラを『神級職』まで育てることが出来た。ゲーム同様、才能階位がSSになってくれることを期待していたのだが……。
「なんだよ、EXって……」
EXというゲームには存在しなかった才能階位に困惑するダグラス。そんなダグラスの疑問へ答えるかのように、ステータスの表示が変化し、才能階位EXの詳細が表れる。
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【才能階位EX】
・『神級職』まで取得可能、熟練度獲得量に極大補正
・『神級職』を取得した際、能力階位がEXとなる
・能力階位EXに成長限界は無く、『天職』の熟練度に応じて、無限に能力が増強される
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「……カンスト……撤廃……」
能力階位が一段階上昇するという過剰な補正があるにも拘わらず、成長限界を撤廃するスキルまで持つ【叛天の救誓】。ダグラスは、その途轍もない説明を目の当たりにして、魂が抜けたように口をだらしなく開けながら、言葉を漏らした。
「………………スゥ……ハァー……」
両腕を広げながら大きく深呼吸し、何とか心を落ち着かせる。
「……これだけ御膳立てして貰ったんだ。この力をフルに活用して、絶対にラファリアたちを救ってみせるッ」
一人の人間には過ぎた力だと呆れつつも、救うべき者たちの姿を思い浮かべ、【極越神】の力を最大限に利用すると決意を固めた。