第五話 審訊の間
眩い光の奔流が収束したのを感じ取り、久我はゆっくりと瞼を持ち上げる。全てが闇に覆われた世界で、久我を囲むように六つの青白い篝火が妖しく揺らめいていた。
『——極神の権能を求めし者よ、此処は審訊の間。試神たる我に資格を示せ』
試神の声が暗闇に響き渡り、地を揺らす。試神の声が掛かるのはゲームと同じ流れだが、実際に聞くその声は、存在としての格が違うのだと、久我に本能的な畏怖を抱かせた。
「……スゥ……ハァー」
試神の声に気圧されていた久我は、気を取り直そうと右手を胸に当てながら大きく深呼吸をする。その直後、試神から一つ目の問いかけが行われた。
『——生命の輝きを齎す礎は?』
(……良し、問いの内容もゲーム通り)
試神による問いは全部で六つ。その内、最初の五つは五大ダンジョンの最奥に描かれた壁画の内容が答えとなっている。
ゲームでは試神の問いに対し、四つの選択肢が画面に表示されていた。しかし、審訊の間が現実となった今、試神から選択肢が提示される気配は無い。選択肢の無い分、ゲームより難易度が上がっている訳だが……。
(……選択肢が無かろうと、正答を暗記してる俺には関係無いな)
「——『星』」
久我が迷い無く返答すると、彼を囲んでいた青白い篝火の一つが、神々しい黄金の篝火へと変化した。
『——星を呑まんとする厄災は?』
「——『蛇』」
『——厄災の蛇が世界に翳した悠久は?』
「——『夜』」
『——永久の闇を祓ったのは?』
「——『矢』」
『——破魔の矢にて、世界が取り戻したのは?』
「——『太陽』」
五大ダンジョンの壁画を思い出しながら、試神の問いへ即答していく。正答する度、青白い篝火は黄金の篝火へと変化していき、残る青白い篝火は一つとなった。
(……ラスト一問)
『——汝、如何なる力を欲す?』
試神による最後の問い。五大ダンジョンの壁画が一切関係しない問いに、久我は目を瞑ってゲームの選択肢を思い出す。
——覇を唱える闘極の力を
——神秘を宿す魔極の力を
——慈愛を注ぐ癒極の力を
——変革を齎す創極の力を
最後の問いには、自身の『天職』に適した回答が必要となる。『天職』は『戦士系統』『魔法系統』『神官系統』『生産系統』の四系統に分かれており、ゲームでは最後の問いに正答することで、キャラの系統に即した最強の『天職』を得られた。
(ダグラスの『天職』は魔法系統。なら、正しい選択肢は……)
「——『神秘を宿す魔極の力を』」
久我は魔法系統の『天職』を持ったキャラが答えるべき選択肢の内容を口にした。
(これで『極神職』を取得出来るはずだ!)
最高階位の『神級職』を超えた——『極神職』。それは、試神の問いに全て正答した者だけに与えられる特別な『天職』であり、系統別に【闘極神】【魔極神】【癒極神】【創極神】の四種が存在する。『極神職』は、該当する系統の『天職』を複数同時に取得可能であり、『一人につき『天職』は一つ』という世界の原則を超越する『天職』だった。
(——しかも、『天職』の制約を無効化して、補正だけを適用してくれるという神仕様っ!)
この世界では、基本的に『特化=強力』であり、高い階位の『天職』には特化の制約が発生する。
例えば、『下級職』である【魔法師】なら六つの属性魔法を扱えるが、『中級職』である【火魔法師】に扱えるのは『火魔法』のみ。これは【火魔法師】が、他属性魔法を扱えないという制約を課され、『火魔法』に強力な補正が掛かる『天職』だからだ。そして、『極神職』はその制約を無効化し、補正のみ適用する規格外の力を保有していた。
(てか、試神から何の反応も無いけど……別に回答を間違えてない、よな……?)
ゲームでは、六つ目の問いに返答した直後、試神から極神の権能を宿す資格を認められ、『極神職』の取得に必要な【神器】の契約へ移行していた。しかし、六つ目の問いに返答してから三十秒は経つというのに、一向に試神から反応が返ってこない。その状況に不安が湧き上がってきた久我が、もう一度答えを口にしようか、と空気を吸った瞬間——。
『——異界より招かれし者よ。極神の力を以て、何を為す?』
「……は?」
——ゲームで行われなかった七つ目の問いかけが行われ、久我は目を剥きながら、呆けた声を漏らす。
(……ど、どうなってんだッ⁉︎ 七つ目の問い⁉︎ ……ゲームと状況が変わったッ……どうする……なんて答えるのが正解なんだ……?)
久我は額に汗を滲ませ、視線を忙しなく揺らしながら、試神の問いに頭を抱えた。
(もし、ここで誤った回答を口にすれば……)
『《——試神の聖焔に灼かれ、消失しました》』
ゲームの中で試神の問いに誤答した際、聖焔で焼き尽くされたキャラを思い出し、手足が震え出す。死の恐怖に襲われながら、必死で思考を巡らす久我へ、試神は回答を催促するように、再び問い掛けてきた。
『——極神の力を以て、何を為す?』
「ッ……」
(分からない……何が正しい回答なんだ……。世界平和? 力の追求? 邪神の討伐? 早く答えないとッ……)
久我は試神のイレギュラーな問いに、時間制限などの条件があるかも知れない、と焦りながら口を開閉する。しかし、口を開いても言葉は出て来ず、無情にも時間だけが過ぎていく。
(……駄目だ……いくら悩んでも正答なんて分かる訳がない……どうせ分からないなら……)
「——世界を救った勇者が居たんだ。ソイツは数々の苦難を乗り越え、時には犠牲になった者へ心を痛めながら前へと進み、魔王、仕舞いには神すら打ち倒した。世界を侵す脅威は勇者によって取り除かれ、世界はめでたく平和を取り戻したんだ」
久我は顔を俯かせ、ユリウスとして世界を救ったゲームの記憶を思い出しながら、噛み締めるように言葉を紡いでいく。
「……でも、勇者によって救われた世界で、救われなかった奴らが居るんだよ」
魔王ラファリアを始めとする、ゲームで救われなかった心優しきキャラを思い浮かべ、久我は顔を上げた。そして、確固たる信念を瞳に宿し、力強く宣言する。
「何を為すかって? ——救われた世界で救われなかった奴らを、俺が余さず救ってみせんだよッ! その為にこの世界へやって来たんだッ!」
『……』
啖呵を切った久我は、試神から何の返答もない事に、不味い回答だったか、と顔を強張らせる。緊張による喉の渇きに襲われながら、静寂の圧に負けじと無窮の闇を睨み続ける。
永遠にも思える数瞬の後、久我を取り囲むように設置された揺らめく黄金の篝火が、虹色の篝火へと変化する。
『——資格を認めよう。己が名を告げ、【神器】と契約を果たすが良い』
「よっしゃぁああああああッ!」
試神に資格を認められた久我は、右の拳を天に突き出しながら、砂漠のように渇いた喉で雄叫びを上げた。赫灼たる虹色の篝火は、久我を祝福するように高く燃え上がっていた。
(これで【極神器】が手に入るッ!)
試神の言う【神器】とは、他の装備とは隔絶した力を持つ、神の力を宿した装備のことだ。中でも、この隠しダンジョンで手に入る【神器】は極神の力を有した【極神器】と呼ばれる代物であり、それはゲームにおける最強の【神器】だった。
「俺の名は久我……」
【神器】と契約する為、自身の名を口にする久我は、途中で言葉を途絶えさせた。
(……違う、俺はもう久我じゃないんだ。ゲームのようにこの世界を見続けていたら、いつか足元を掬われる)
久我はゲームの時とは異なり、七つ目の問いを投げ掛けてきた試神を思い出し、全てがゲーム通りだと思い込んでいた自分を反省する。
「——俺の名はダグラス。【神器】との契約を望む者なり」
久我が——否、ダグラスがそう告げると、頭上三メートル程度の高さに、極光を宿した黒い『腕輪』が現れた。
「……え? 『杖』じゃ、ない……?」
ダグラスは顕現した【神器】を見つめながら、戸惑いの声を漏らす。
(魔法系統のキャラに与えられるのは、『杖』の【極神器】だった筈……)
ゲームにおいて、戦士系統には『剣』、魔法系統には『杖』、神官系統には『ロザリオ』、生産系統には特殊な工房へ転移出来る『鍵』の【極神器】が与えられた。『腕輪』の【極神器】など、ゲームに存在しなかったのだ。
(……七つ目の問いと虹色の篝火だって、ゲームには無かったんだ。【極神器】が変わっていても、おかしくは無い。——ただ、【魔極神】の力は、是が非でも欲しいッ!)
魔法系統の『極神職』——【魔極神】は、あらゆる魔法系統の『天職』を同時に、しかも制約を無効化した状態で取得可能だ。それはつまり、本来なら一属性の魔法しか極められない世界で、全属性を極められることを意味する。
(頼むッ! 属性相性が重要なこの世界で、【魔極神】はラファリアたちを救う大きなアドバンテージになるんだッ!)
ゆっくりと落下する、見覚えのない黒い腕輪の【神器】を受け止めるべく、両手で受け皿を作ったダグラスは、目を強く瞑りながら【魔極神】が取得出来ることを切に願った。そして、落下を待ち受けていた両手と【神器】が接触した瞬間。
「——ッ⁉︎」
——眩い閃光が放たれ、ダグラスは思わず目を瞑った。
数秒が経過し、ダグラスが瞼を持ち上げると、黒い腕輪が自身の右腕に装備されていた。勝手に装備された腕輪をまじまじと見つめていると、この世界に来て初めて聞く、無機質な女性の声が頭に響き渡る。
《【極越神器:叛天の救誓】と契約しました》
《天職【極越神】を取得しました》
《天職が【火魔法師】から【極越神】へと変更されます》
《全ての能力が初期化されます》
《才能階位がBからEXに昇格しました》
《魔力階位がCからDに降格しました》
《闘気が発現しました》
《聖力が発現しました》
《識力が発現しました》
《称号『極神を超越せし者』を獲得しました》
「……この声」
ダグラスはゲームで良く耳にしたアナウンスの声に目を丸くする。現実でも天の声は流れるんだな、と連続で流れてくるアナウンスに呆然としつつ、ダグラスは腕を組みながら首を傾げる。
「……というか、【極越神器】と【極越神】って何なんぞ?」
ダグラスがステータスの確認を試みようとした瞬間、唐突に空間全体が振動し始める。
「あっ……。そういえば【神器】を取得すると、このダンジョンって崩壊するんだっけ?」
暗闇に白い光の罅が入り、空間が崩落を始めた事を悟ったダグラスは後ろを振り返る。そこにはゲームの時と同様、脱出用の転移魔法陣が出現しており、急いでその魔法陣の上へと飛び乗った。
魔法陣から黄金の光が溢れ出し、ダグラスは独特の浮遊感に包まれるのだった——。