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第三話 最低な転生先

「……っ」


 水の流れる音が耳に響き、久我は意識を覚醒させる。土の匂いを嗅ぎ取りながら、瞼を持ち上げると、久我は固い土の上に横たわっていた。


「転生……したのか……」


 乾いた口で呟きながら、久我がゆっくりと身体を起こす。死んだ者の身体に転生するという話は聞いていたが、久我は左肩から右の脇腹辺りまで切り裂かれた服に付着する血痕を見て、ベリファードの言葉が真実だったのだと実感する。


「……流石に、このままだと気持ち悪いな」


 固まりかけの血の粘着感と鼻を突く鉄臭さに顔を歪めた久我は、倒れていた場所から数メートルのところに流れている川へと近づいていく。


「取り敢えず、身体についた血を洗い流そう」


 久我は川の手前で立ち止まると、切り裂かれ、服として機能していないシャツを脱ぎ捨てる。その後、両腕を広げて大きく息を吸うと、そのまま川に向かって倒れ込んだ。


「——プハッ、気持ち良いな……」


 水面から顔を上げた久我は、紫紺の長髪を掻き上げながら心地良さに目を細める。透き通った綺麗な水だな、と久我が水面に視線を送った時。


「 」


 ——水面に映った自身の顔を見て、絶句した。


「……う、嘘だよな?」


 久我は自分が誰に転生したか勘付き、受け入れたく無いと頭を抱える。


「べ、別に『ステータス』を確認した訳じゃ無いんだし、他人の空似ってことも……」


 苦しい言い訳だと理解しつつも、頑なに現実を受け入れようとしない久我へ、言い逃れ出来ない決定的なモノが突き付けられる。



=====================================

 ダグラス・イニティウム

 《年齢》十二歳     《才能》B

 《魔力》C

 《天職》【火魔法師】(七〇/二五〇〇)

 《装備》

 《称号》『魔神の使徒』

=====================================



(……嫌だ……見たくない…………)


 ゲームで何度も確認してきたキャラの『ステータス』が、視界へホログラムのように映し出され、全力で意識を逸らす。十秒ほど抵抗した後、観念した久我は『ステータス』に記載された自身の名前を確認し、苦虫を噛み潰したような表情で呟く。


「……ダグラス…………」




 ◇ ◇ ◇




 ユリウスは幼馴染であるミカエラとルーシアへ会いに行こうと、村の中心地を歩いていた。ユリウスが村長の住む家の前を通り過ぎようとした瞬間、勢い良く家のドアが開く。


「うわぁ⁉︎ ……ダ、ダグラス君……」


「誰かと思ったら、無能のユリウスじゃねぇかっ! 丁度いいや、今から森に行くから、荷物持ちとして俺様についてこいッ!」


(森⁉︎ 森は魔物が出るから近づいちゃ駄目だって、村の大人に言われてるのに……)


 家から出てきた村長の息子——ダグラスは、肩まで伸ばした紫紺の長髪を掻き上げながら、意地の悪い笑みを浮かべて命令してきた。その言葉に対し、ユリウスは恐る恐るダグラスへと提言する。


「え……。ダグラス君、森は危ないから止めた方が良いよ……」


「うるせぇ! 『天職』も持たねぇ無能の癖に、俺様に意見してくんなッ! テメェは大人しく俺様の命令に従ってれば良いんだ、よッ!」


「——ウッ⁉︎」


 ユリウスは苛立った様子のダグラスに腹部を蹴られ、地面へと蹲った。ユリウスが痛む腹部を押さえながら、呻き声を上げていると……。


「——止めなさいッ! 貴方、またユリウスを虐めているのッ⁉︎」


 聞き馴染みのある勝気な声が耳に届く。声のした方へ視線を向けると、青藍の髪を持つ幼馴染の少女——ミカエラがダグラスを睨みつけていた。その数歩後ろには、もう一人の幼馴染である、桃色の髪を持つ優しげな少女——ルーシアの姿もあった。


「ユリウス君っ、大丈夫っ?」


「——ゴホッ……うん、大丈夫……」


 ルーシアは地面に倒れるユリウスを視界に捉えると、一目散に駆け寄って彼を優しく抱き起こす。ユリウスは痛む腹部に顔を歪めつつ、ダグラスへと視線を向ける。そこには、高い位置で一つに結った髪を揺らすミカエラが、ユリウスを背に庇っていた。


「ミカエラにルーシアじゃねぇか。毎度、何でテメェらはそんな無能に構うんだよ? 正義の味方気取りか?」


「別にそんなつもりは無いわよ。……ただ、ユリウスに『天職』が無いことを馬鹿にして虐める貴方が気に入らないだけ」


「はぁ? 誰もが持って生まれる『天職』を持ってない欠陥品だぞ? 何の能力もない欠陥品を、ストレス発散や荷物持ちとして有効活用してやってる俺様に、感謝して欲しいくらいだぜ?」


「……この……クズがッ」


 ダグラスが嘲笑と共に発する言葉へ、ミカエラは眉を吊り上げる。ダグラスはそんなミカエラの態度を気にも止めず、ユリウスを抱き起こしているルーシアへ声を掛ける。


「——おい、ルーシアッ! ……お前は俺様の嫁になる女なんだから、他の男に触れてんじゃねぇよ。そんな尻軽女を娶ってやる趣味はねぇぞ?」


「ッ⁉︎ ……ごめん、なさい……」


 ルーシアはダグラスの言葉に俯くと、ユリウスの身体からゆっくり離れて立ち上がる。俯くルーシアの表情は、鎖骨まで伸ばされた髪に覆われ、窺うことが出来なかった。大人しく命令に従うルーシアへ、ダグラスは満足そうな笑みを浮かべる。


「ふざけないでッ! 貴方なんかにルーシアは渡さないわよッ!」


「ミカちゃんっ、私は大丈夫だから……」


「渡さないだぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇ。コイツの両親がこの村に引っ越してきた時、親父が援助した分の借金をチャラに出来る結婚だ。渡さないじゃなくて、むしろルーシアが俺様に結婚してくれって頼み込む立場なんだよッ! 外部の人間が口出しすんなッ!」


「クッ……」


 家の事情も絡んだ結婚に、これ以上口出し出来ないと悟ったのか、ミカエラは悔しげに顔を歪ませた。いい気味だと言わんばかりにミカエラを嘲笑ったダグラスは、身体を起こしたユリウスへ視線を向けてくる。


「おい、無能ッ! さっさと森へ行くぞ。……あと、ルーシア。テメェもついてこい。将来の旦那様が、どれだけスゲェ力を持っているのか、魅せつけてやるよ」


「……わ、分かったよ」


「……うん」


 ここで断ったとしても、従うまで暴力を振るわれる事を察したユリウスは、自分に選択肢は無い、とダグラスの命令を了承した。横で暗い顔をして俯くルーシアも、ユリウスと同じく選択肢が無いといった様子で、了承の言葉を口にする。


「——ちょっと待ちなさいッ! 森ですってッ⁉︎ 魔物に襲われたらどうするつもり⁉︎」


「うるせぇなぁ……。『中級職』である【火魔法師】の俺様がいるんだ。魔物なんて、一瞬で燃やし尽くしてやるよ」


 森へ行くという発言に目を見開き、苦言を呈するミカエラへ、ダグラスは面倒そうに手を振って返答した。『中級職』へと至る年齢は十五歳が目安だと言われている中、十二歳で『中級職』に至ったダグラスは、自分の能力へ絶対的な自信を持っているように見える。


「……私もついていくわ。貴方だけじゃ不安だもの」


「は? まぁ、邪魔しねぇってんなら勝手にしろ。俺様の力を、テメェにも魅せつけてやるからよ」


「——フンッ」


 得意げな顔をしたダグラスに対して、ミカエラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。不安を胸に抱きながら、ユリウスは森へ向かうダグラスに追従するのだった。





 自身の背丈の三倍はある木の魔物——トレントに足が竦むユリウスの前で、ダグラスは魔法を放つ。


「『火槍(フレイムランス)』」


「ギャァアアアアア」


「……凄い……これが『天職』の力……」


 どう足掻いても自分では敵わないと感じたトレントを、ダグラスの放った炎の槍は一瞬で燃やし尽くしてしまった。自分に無い『天職』という力をまざまざと見せつけられ、ユリウスは呆然と立ち尽くす。


「——見たかッ、これが俺様の『火魔法』だッ!」


「……一応、偉そうにするだけの力はあるようね」


 得意げな顔をするダグラスへ、苦い表情を浮かべたミカエラが小さく呟いた。そんなミカエラの呟きを聞き取ったのか、ダグラスは彼女へ声を掛ける。


「俺様の力に惚れたか? テメェは顔と身体だけは良いからなぁ。愛人として囲ってやっても良いぞ?」


「——次にそんなふざけた事を抜かしたら、斬るわよ?」


 ダグラスの発言に嫌悪の表情を浮かべたミカエラが、底冷えする声で吐き捨てた。ダグラスはミカエラの威嚇に肩を竦めて戯けると、ルーシアの隣まで歩いて行き、彼女の肩を抱き寄せる。


「おぉ〜、怖い怖い。……俺にはコイツがいるから、やっぱりテメェみたいな物騒な奴はいらねぇわ」


「……ぅ」


 抱き寄せられたルーシアは顔を強張らせているが、決してダグラスの腕の内から逃れようとはしなかった。ダグラスはルーシアの肩に置いていた手を彼女の胸の上まで移動させると、その十二歳とは思えない発育の良い胸を鷲掴みにし、形が変わるほど強く揉みしだく。


「——ひっ……」


「うひょ〜ッ! コイツ、どんどん胸大きくなってるよなぁ。母親もかなりの大きさだし、将来はせいぜい楽しませてもらうぜぇ?」


「この……クズがッ! 今すぐその手をルーシアから離しなさいッ!」


 胸を弄られるルーシアの目が涙で潤むのを捉えたミカエラは、もう我慢ならない、と腰に携えていた長剣を鞘から抜き放った。一触即発の緊張感に、ユリウスは声も出せず、額に汗を滲ませる。


「そうカッカすんなよ? ……まぁいいや、どうせ三年後になればこの身体を好き放題出来んだし」


 ダグラスはそう言いながら、ルーシアの身体から手を離した。三年後というのは、成人して結婚が可能になる十五歳を指しているのだろう。ダグラスの言葉を聞いたルーシアは、俯きながら身体を震わせている。


「俺様みたいな優秀な男と結婚できるなんて……ルーシアは幸せ者だなぁ?」


「……う、うん……幸せ、だよ……?」


「うんうん、そうだよなぁ? グァハハハハハハハッ!」


 無理やり幸せだと言わせて愉快そうに高笑いするダグラスは、森の奥深くへと進んで行った。ユリウスは暗い表情をするルーシアと憎々しげな表情を浮かべるミカエラを交互に見た後、戸惑いながらもダグラスの後を追っていく。




 その後も魔物が現れる度、ダグラスが『火魔法』で燃やし尽くし、しばらく進んだところで開けた場所に出た。ユリウスが澄み切った綺麗な水の流れる川に目を奪われていると、突然川の水が何かを形成し始めた。


「な、なに?」


 ユリウスが困惑している中、ダグラスが真っ先に行動を起こし始める。


「何って、魔物に決まってんだろ? どんな魔物だろうと、俺様の魔法で一撃だぜッ! 『火槍(フレイムランス)』ッ!」


 森の中で次々と襲いくる魔物を、一撃で屠ってきた魔法が水の塊に炸裂する。その光景にユリウスはホッと胸を撫で下ろしたのだが。


「——まだよッ!」


 ミカエラの鋭い警戒の声が響き渡り、浮かんでいた水の塊がカマキリの形へと姿を変えた。数々の魔物を一撃で葬ってきた魔法が一切効いていない様子にプライドを傷つけられたのか、悔しげに顔を歪めたダグラスが魔物に向かって両手を向ける。


「チッ、一撃でダメなら……、——『火槍(フレイムランス)』『火槍(フレイムランス)』『火槍(フレイムランス)』ッ!」


 連続で撃ち込まれる炎の槍。川の水が蒸発した水蒸気で魔物が見えなくなる中、これなら流石にあの魔物も倒れただろう、とユリウスは安堵の溜め息を吐く。


「リィイイイイイイイイイイッ!」




「——グハッ……」




「……え?」


 水蒸気の中から飛んできた水の刃が、ダグラスの身体を切り裂いた。左肩から右の脇腹にかけて裂傷を負ったダグラスは、血を吹き出しながらうつ伏せに地面へと倒れ込む。


「……ダグ……ラス……?」


 ユリウスは目の前で起きている事象に頭が追いつかず、ただ呆然と倒れ伏すダグラスを見つめる。そんなユリウスの手を駆け寄ってきたミカエラが掴み取り……。




「——逃げるわよッ!」




 ミカエラに手を掴まれたユリウスとルーシアは、彼女に促されるまま、その場から逃走したのだった。

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