第二話 救われなかった者に救済を
「……程度が知れる? ラファリアを救いたいと考える筈が無い? ——そんな訳ないだろッ! 頭に虫でも湧いてんのかッ!」
「——なッ!?」
ベリファードは唐突に激怒し始めた久我に驚き、顔を強張らせた。そんなベリファードに対し、久我は文句を吐き続ける。
「——言っておくがな、ラファリアは俺の最推しだッ! 悲劇に見舞われ、絶望してもなお、仲間を想って必死に自分と戦い続けた、そんな強くて優しいラファリアが大好きだッ! だからこそ、何一つ報われないラファリアの結末が、マジで気に食わなかったッ! 泣いているラファリアを犠牲にしておいて、何が『世界は救われた』だよ、ふっざけんなッ! 俺はラファリアを救う方法があるなら、絶対に救うって決めてんだよッ! 最初の悲劇から救うのに『もう遅い』ってだけで、ラファリアが既に絶望してんなら、一秒でも早く救ってやりたいわッ!」
「……お、おう」
早口でまくし立ててくる久我に気圧され、一歩後ずさるベリファード。言葉を羅列して酸欠気味な久我は、しばらく肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返した後、仕切り直すようにベリファードへ質問を投げ掛けた。
「——で? 『楔』を打ち込んだ以降の未来を変えられるとしても、実際どうやってラファリアを救うんですか?」
「……貴様を我の使徒として、あの世界へ送り込む。そして、ラファリアが勇者に殺されるのを防いで貰う予定だ」
ベリファードは久我に捲し立てられた衝撃が抜けていないのか、戸惑い交じりに言葉を発した。
「俺を、あの世界に……? どうして俺なんですか? 自慢じゃないですけど、俺は大学以外の用事で家から出る事のない、生粋のインドア人間ですよ? ——もしかして、ラファリアへの想いの強さが影響……してないよな」
久我は自分がベリファードに選ばれた理由が分からず困惑の表情を浮かべる。ラファリアへの想いが選ばれた理由なら納得出来ると考えた久我だったが、彼女を救いたいという久我の気持ちを疑ってきたベリファードを思い出し、それは無いと自己解決した。
「世界に定められた未来の改変は、強大な力を持つ者にしか成し遂げられん。だからこそ、——世界を複製した遊戯を用いて、『優れた適性を持つ者』を選定していたのだ」
「『優れた適正を持つ者』……?」
ベリファードの説明があまり理解できず、困惑した表情で首を傾げる久我。そんな久我を見たベリファードは、仕方ない奴だ、と言わんばかりに溜め息を吐き、噛み砕いた説明を始める。
「はぁ……。貴様に分かりやすく説明するなら、我の言う『優れた適正を持つ者』とは、『ゲームで最も優れたキャラを育成したプレイヤー』のことだ。最も優れたキャラを育成出来たという事は、本人があの世界に行った際、最も上手く自身を成長させられるという事だからな」
「なるほど、それで『キャラの育成度合い=世界への適正』と言っていたんですね……。でも、最も優れたキャラを育成したって、現時点ですよね? 今後、俺より優れたキャラを育成するプレイヤーって、現れそうなもんですけど……」
ベリファードから提供されたゲームにおいて、一番キャラを成長させていたことが理由で使徒に選ばれたことを理解した久我。しかし、今後自分より優れたプレイヤーが現れるかも知れないのに、自分で良いのか、と久我は疑問を呈する。
「そうだな。今後、貴様より優れた適正者が現れる可能性もある。——ただ、もう時間が無いのだ」
「時間が無い?」
「未来を改変する為、あの世界に打ち込んだ楔は、世界の抵抗力によって少しずつ抜け続けている。完全に楔が抜けてしまえば、我が消滅した時点に使徒を送り込むことが出来なくなり、未来の改変も不可能となる」
(もう、楔が抜けかけてるのか……)
ベリファードから告げられた『時間が無い』という意味を悟った久我は、決意を固めてベリファードへ声を掛ける。
「事情は分かりました。——あの人を……ラファリアを救えるなら、俺行きますッ!」
「……そうか。恩に着る」
元魔王であり、現魔神のベリファードは尊大な態度を取り続けていたが、娘を救うと宣言した久我へ、素直に感謝の意を示した。
「……ところで、魔神の使徒になるってことは、——何か特別な『天職』を取得した状態で、あの世界に行けるって事ですか?」
異世界転移を決意した久我は、異世界ファンタジーでお馴染みの『チート能力』に心を躍らせる。
「——ゲームと同様に、自身のステータスを確認出来る」
「? 自分のだけですか?」
「そうだ」
異世界行きでお馴染みの『チート鑑定』かと思いきや、違ったようだ。あのゲームでは、ステータスを割り振る仕様は無かった為、正直自分のステータスを見られなくても、さして支障は無いんだが。
「分かりました。——それで、肝心のチート『天職』は何なんですか?」
「ふむ……そんなモノは無い」
「え……?」
久我の送る期待の眼差しにバツの悪そうな顔をしたベリファードが顔を逸らして呟く。その予想外の返答に、久我は顔を引き攣らせながら再度問い掛けた。
「冗談、ですよね? え、だって、神の使徒でしょ? というか、そもそも俺、『天職』無いんですけど、転移したら『天職』を取得出来ますよね?」
「あの世界に存在する『天職』という理が適用されるのは、あの世界に住む者だけだ。つまり、転移した貴様に『天職』は取得出来ん」
「……オワタ」
『天職』の能力を駆使して戦う世界で、『天職』が取得出来ないと聞き、転移しても無力じゃん、と絶望する久我。そんな久我に対し、ベリファードは焦った表情で追加の説明してくる。
「ま、まぁそう焦るでない。我は貴様の魂のみをあの世界へ送り込むのだ」
「魂、のみ?」
「そうだ。我は自身の使徒を送り込むにあたり、別世界の人間でも『天職』を取得出来る方法を考えたのだ」
『天職』の力を使えるという言葉に希望を見出し、久我はベリファードの説明に耳を澄ませる。
「その方法とは、あの世界の住人の身体に、使徒の魂を入れ込むことだ」
「……嫌ですよ。それって、あの世界の住人を俺が乗っ取るってことですよね? ラファリアは救いたいですけど、その為に無関係の人を不幸にする気はありません」
ベリファードの提案を、久我は苦い表情を浮かべて否定した。ベリファードは手のひらを久我へと向けて、説得を始める。
「話は最後まで聞け。何も生きている人間の身体に送り込むつもりは無い。我が楔を打ち込んだ時点で死んでいる人間の身体へ、貴様の魂を送り込むのだ」
「死んでいる人間の身体って……」
「死んだ直後の人間の身体であれば、魂を送り込んだ時点で復活させることが可能だ。勿論、身体の損傷も魂を送り込むと同時に回復させる。……元々、死んでいる人間なのだから、貴様が気に病む必要もないだろう」
「……」
人の身体を使うという行為自体、あまり乗り気になれない久我。しかし、元々死んでいる人間の身体であれば、少なくとも身体の本人を不幸にすることは無い。ラファリアを救う為だと考え、それくらいの業は背負おう、と久我がベリファードへ声を掛ける。
「……分かりました。誰の身体を使うか、目星はついてるんですか?」
久我の言葉に、待ってました、と胸を張ったベリファードが得意げに話し出す。
「楔を打ち込んだ直前で死んでいる人間という時点で、かなり条件が絞られていたのだが、かなり良い条件の人間を見つけておる」
「かなり良い条件? もしかして、『特級職』……まさか、『極級職』ですか!?」
久我の行っていたゲームでは、『天職』には七つの階位が存在した。見習いである『最下級職』から始まり、『下級職』『中級職』『上級職』『特級職』『極級職』『神級職』と順に階位が上がっていく。
熟練度が上限に達すると、一つ上位の『天職』を取得出来るのだが、キャラ毎に才能階位が設定されており、メインキャラを除いた殆どのキャラは『上級職』で才能限界に達してしまう。
ベリファードがかなり良い条件というので、『特級職』以上かと期待したのだが……。
「——そんな訳なかろう。楔を打ち込んだ直前という限られた条件の中で、夢を見過ぎだ」
「……」
久我の期待はまたもや裏切られ、ベリファードは呆れた視線を久我へ向けていた。その返答を受けた久我は、不貞腐れた表情でベリファードに問い掛ける。
「……じゃあ一体、何が良い条件だって言うんですか……?」
「良く聞け。貴様があの世界に降り立つ上で、一番有用な力は——『知識』だ」
「知識?」
「そう。通常であれば自身の『天職』以外について、細かく知る者は少ないだろう。しかし、貴様はゲームとして、様々な『天職』の者を育ててきた。何の『天職』が如何なるスキルを持ち、どう立ち回るのか。それを熟知している時点で、貴様はあの世界でかなり優位だと言えよう。そして、何より有用なのは、貴様の知るゲームのストーリー、すなわち——『未来の知識』だ」
確かに、ゲームのストーリーが世界の辿る未来だと言うのであれば、未来で襲い掛かってくる脅威へ、事前に手を打つ事が可能となる。ベリファードの言葉通り、未来を知っているということは相当なアドバンテージであると、久我は首を大きく縦に振った。
「言われてみれば、これから起こる事態を事前に知っているって、かなりチートな気がします。……ただそれ、転生体が好条件っていう話に、全く関係ないですよね?」
久我は懐疑的な表情を浮かべると、ベリファードの返答が自身の問いに対して、ズレた回答であると指摘した。
「フッ、馬鹿め。未来の知識が有効である話と転生体が好条件である話は、大いに関係している」
ベリファードは久我の質問に嘲笑しながら、転生体を好条件だと言った理由を語り始める。
「未来の知識を有効に活用するためには、絶対に外すことの出来ない条件がある。それは——『勇者の動向を把握すること』だ」
「ッ⁉︎」
何故こんな当たり前のことに気づかなかったのか。久我の知る未来は、勇者として世界を救う過程で知った知識だ。ということは、勇者の動向を把握しない限り、いつゲームで起きたイベントが発生するのか分からなくなってしまう。
「貴様の魂を送り込む身体は、勇者が住む村のすぐ近くで死んでいる上に、勇者と同年代の男児だ。勇者の動向を把握するのに、かなり良い条件であろう?」
「それは……確かに好条件ですね。勇者の動向が把握出来れば、今どこまでイベントが進行していて、次に何が起こるのか、かなり明確になりますから」
ベリファードの言っていた好条件の真意がようやく理解出来た久我は、腕組みをしながらしきりに首を縦に振った。
「我の打ち込んだ楔はもう既に抜けかけておる。未来を改変する為の、最初で最後の希望が貴様なのだ。この好条件な転生体を存分に活用し、必ずラファリアを救ってみせよッ!」
「必ず救ってみせますッ! ……あと、俺はハッピーエンド厨なんです。——ラファリアだけと言わず、あの世界で救われなかった奴らを、思いやりに溢れたアイツらを、余さず全員救ってやりますよッ!」
「大きく出たな……だが、——良くぞ言ったッ!」
ベリファードは高らかに声を発しながら、久我に手のひらを向ける。
その瞬間、久我の足元に紫紺の光が迸り、魔法陣を形成した。久我は自身の身体が宙に浮き始め、転移が始まったことを悟ると、ベリファードに満面の笑みを向け、別れの挨拶を口にする。
「ラファリアは俺に任せといてください、——お義父さんッ!」
「お、お義父さんだとッ⁉︎ 貴様ッ、娘に手を出したら八裂きに——」
鬼の形相でベリファードが久我に叫び散らす中、王座の間から久我の姿が消失した。