第十八話 焔竜の息吹
「——ここなら問題ないな」
ダグラスはルーシアとダーズを引き連れて、村の外れにある放置されて荒れ果てた空き地へと足を運んでいた。目の前には、雑草の繁茂した土地が視界一杯に広がっている。
「ダグラス君。こんな所で、何をするつもりなの?」
ルーシアは、理由も話さず空き地まで連れて来たダグラスに対し、困惑した表情で問い掛けた。
「俺様の魔法を披露してやろうと思ってな!」
「——魔法を? ……さては、力を誇示して、森に行く許可を得ようとしておるな? ダメじゃダメじゃ、絶対ッ、許可せんぞッ!」
「……いや、それはマジで許可して欲しい」
ルーシアへの返答に反応したダーズは、眉を吊り上げながら、ダグラスを森には行かせない、という強固な意志を示した。熟練度を上げに森へ行きたいダグラスは、ダーズの言葉を受け、生前のダグラスの演技すら忘れて愚痴を零す。
「まぁいいや。とりあえず見てろよ」
そう告げたダグラスは、ルーシアとダーズに背を向け、広大な空き地に正対する。
(……あれ? そういえば、俺の魔法って一つ上の階位と同等の威力だったよな? 披露しても大丈夫なのか?)
本来手のひらサイズの『最下級魔法』は、今の魔法階位で使うと、直径一メートルを優に超える特大の魔法へと変貌する。
(『魔導の理』で大きさを調整しようにも、魔力を視認する必要があるし……)
魔力を視認する為に識力を発動すれば、瞳に白い炎の如き光が灯ってしまう。
生産系統の能力を使用するという、高出力な魔法を上回る異常な現象を見せる訳にもいかない為、ダグラスは『魔導の理』を使用する選択肢を捨てた。
(……まぁ、『上級魔法』なんて見たこと無いだろうし、多少威力が高くても誤魔化せるか)
そう考えたダグラスは、荒れた空き地に向かって、ゆっくりと右手を掲げた。深く息を吸い込み、静かに魔法名を唱える。
「——『焔竜の息吹』」
「「ッ!?」」
瞬間、ダグラスの身体から立ち昇る劫火。背丈の三倍はあろう高さまで立ち昇る火柱に、背後に居るルーシアとダーズが息を呑んだのが分かった。
身体を覆う炎は徐々に掲げた右手の先へと収束していき、煌々と輝くビー玉程度の小さな球体を形成する。先程まで激しく燃え盛っていた劫火が嘘のように、唐突な静寂が場を支配する。
「——消し飛べ」
そう告げると共に、掲げていた右手の指を打ち鳴らすと、静寂を破る音を引き金にして、紅焔の圧縮された球体から極光が溢れ出した。
「きゃぁあああああ⁉︎」「のわぁああああああ⁉︎」
圧縮された炎は指向性を持って解き放たれ、ダグラスの前方を赫灼たる劫火が埋め尽くす。目の前で巻き起こる圧倒的な炎の奔流に、ルーシアとダーズは堪らず叫び声を上げた。
(——ッ⁉︎ コレ、威力ヤバいかもッ⁉︎)
質量を伴った劫火が地面を捲り上げ、轟音と共に地を揺らす。十秒ほど放射された炎が収まると、雑草の繁茂していた土地は見る影もなく、溶解した赤熱の大地が、ダグラスを中心として扇状に広がっていた。
(……『特級魔法』と同等のなのは分かってたけど……ここまでなるかぁ……)
目の前に広がる惨状へ、遠い目をするダグラス。溶解した土地は未だ赤く、溶岩が流動している光景は、さながら火山のようだ。
「……見て分かっただろ? 俺様は『上級職』の【焔魔法師】を取得したんだ。親父、ちゃんと約束は果たしてくれよな?」
「……」
後ろを振り返ったダグラスは、腰を抜かして座り込んでいるダーズへ声を掛けるが、完全に放心しているダーズは何の言葉も返さない。
「おーい、聞いてるかー? 俺様とルーシアの家を建ててくれる約束だろー?」
ダグラスはダーズの前まで歩いていき、魂が抜けたような顔の前で手を振る。
「……て」
「て?」
「天才じゃぁあああッ! やはり、儂の息子は天才じゃったぁああ!」
「うわぁッ⁉︎」
唾を飛ばしながら叫び声を上げ、勢い良く立ち上がるダーズ。その様子に驚愕しつつも、まだ重要な返事が聞けてない、と再び声を掛ける。
「お、落ち着け親父! とりあえず、約束は守ってくれるんだろうなッ⁉︎」
「勿論じゃともッ! こんな偉業を成し遂げたのじゃ、豪華な屋敷を建ててやるわい!」
ダーズは、興奮が冷めやらぬといった表情でそう宣言した。しかし、その言葉を聞いたダグラスは顔をしかめて、自らの要求を口にする。
「二人暮らしなんだから、デカい屋敷なんて要らねぇよ。大きさは普通で良いから、最速で建ててくれ、最速で。一日でも早く、一秒でも早く」
「ダグラス……お主……」
ダーズは、ダグラスの捲し立てるような言葉に目を見開き、口を震わせながら言葉を発する。
「——どんだけルーシアちゃんが好きなんじゃ。ベタ惚れどころの騒ぎじゃないのぉ~」
「はぁ?」「えっ⁉︎」
ダーズの言葉にダグラスは首を傾げながら声を漏らし、魔法の衝撃で未だ座り込むルーシアは、顔を真っ赤に染めて驚いていた。
「……何でそうなるんだよ?」
「一日でも早くルーシアちゃんと過ごしたいんじゃろぉ〜? そうでもなければ、ダグラスが豪華な屋敷をふいにするとは思えんからのぉ〜」
「……」
微笑ましいものを見るような視線をダグラスに注ぐダーズ。その生温かい視線に居心地の悪さを感じ、ダーズから目を逸らした。
確かに生前のダグラスであれば、自身の権力や財力を誇示できる豪華な屋敷を断るなどあり得ないだろう。しかし、たとえ生前のダグラスらしからぬ振る舞いだったとしても、ルーシアを一日でも早くイメルダの元から解放する為、豪華な屋敷の建設を待つ訳にはいかなかった。
「……ダグラス君はお屋敷が良い? もしお屋敷が良いなら、出来るまで待とうよ」
イメルダから逃げ出すよりも、ダグラスの好みを優先しようとするルーシア。謙虚を超え、卑屈と言っても良いほど自分を顧みないルーシアへ、ダグラスは意地の悪い顔を浮かべて吐き捨てる。
「うるせぇ。俺様はデカい屋敷なんかより、お前の身体を楽しむ方が好みなんだよ。今の内に良く睡眠を満喫しとけよ? これから毎晩寝られなくなるんだからなぁ?」
何てゲスな発言なんだ、と内心で自分を軽蔑しながら、さぞ青い顔をしているであろうルーシアの様子を窺う。
「そ、そうなんだ……豪華なお屋敷より私の方が……へぇ〜……へへっ……」
「は……?」
ルーシアは嫌がるどころか、赤く染めた頬を両手で押さえ、口元を緩めていた。想定外の反応に、ダグラスは口を大きく開けたまま硬直する。
「ほほう、これはまた……。儂に孫が出来るのも、そう遠くなさそうじゃなぁ」
「ダーズさん⁉︎ ……えっと、その、頑張りますっ!」
「——頑張らんでええわッ! ……ったく、訳分かんねぇ」
ダーズのあり得ない発言と、それに対して何故か前向きなルーシアに対し、ダグラスは堪らず声を張り上げた。好意的なルーシアの態度が理解出来ず、眉間に寄った皺を指で伸ばしながら、雑に言葉を発する。
「はぁー、もう何かどうでも良いや……。とにかく、なる早で家を建ててくれ」
「良かろう! 遠話の魔道具で、今から職人を呼んでやる! 土魔法師も一緒に呼べば、かなり早く建てられるじゃろう。三日後には新居を用意してみせるぞ?」
「三日でッ⁉︎ マジかよ! サンキュー、親父っ!」
元いた世界では到底実現不可能な建築速度に、魔法ってすげえ、と心の中で呟くダグラス。その後、ダーズに感謝を伝え、ルーシアへと視線を移した。
「ルーシア! 三日後、お前の家へ迎えに行くから、それまでに荷造りしとけよなっ!」
「三日……? 嘘、本当に……?」
ルーシアは、信じられないと言わんばかりに目を見開き、涙を零しながら震えた声で呟いた。唐突に泣き出したルーシアへ、ダグラスとダーズは激しく狼狽する。
「ど、どうしたんだよ⁉︎ 実はあんま乗り気じゃなかったのか?」
「そ、それもそうじゃよな? 婚約者とはいえ、成人もしてないのに同い年の男と同棲なんて、不安じゃよな? ——おい、ダグラス! お主、先走り過ぎなのじゃ! 新居は成人まで待っておれッ!」
「そう、だな……泣くほど嫌だったなんて……」
自身に暴力を振るうイメルダより、ダグラスと同棲する方がマシだろう、と勝手に考えていたが、涙を流すルーシアを見て、その考えを改める。
「……悪かった、いきなり同棲だなんて性急過ぎたよな」
「ち、違うのッ! ただ……嬉しくてっ……」
ルーシアは、溢れ出る大粒の涙を拭いながら、ダグラスに対して向日葵のような笑みを向けてきた。
「——ッ⁉︎」
その眩しい笑顔に心拍の跳ね上がったダグラスは、赤面した顔を見られないよう、瞬時にルーシアへ背を向ける。
「ルーシアちゃん、無理をせんで良いのだぞ?」
「いえっ、本当に嬉しいんですっ! ……それに、新居の為に無理したのはダグラス君の方で……倒れちゃうくらい、必死になってくれて……」
「それはダグラスがアホなだけじゃ。全く……倒れるまで修行に勤しむなど、ダグラスのベタ惚れ具合には、呆れて物も言えんわい」
馬鹿にしたような視線を送ってくるダーズに対し、ダグラスはすぐさま抗議の意を示す。
「ルーシアの為に倒れるまで修行した訳じゃねえッ! 俺様はただ、自身の限界に挑戦してただけだッ!」
「そうかそうか……ところでダグラス。お主、顔真っ赤じゃよ?」
「ッ⁉︎」
ダグラスはルーシアに背を向けて安心していたが、横に立つダーズから見れば、ダグラスが彼女の笑顔を見て赤面しているのは丸分かりだった。
(しょうがないだろッ! 最推しがラファリアとはいえ、ルーシアはメインヒロインの一人なんだぞ⁉︎ あんな笑顔を向けられて、平静を保てるかッ!)
心の中で言い訳を並び立て、必死に自身を正当化しているダグラス。そんなダグラスへ、ダーズの言葉に興味を示したルーシアが話しかけてくる。
「ダグラス君が、照れてる……? 見たい……ねぇダグラス君、こっち向いて?」
「別に照れてねぇよッ!」
「照れてないなら問題ないよね? こっち向いてよっ!」
完全にペースが崩されたダグラスは、背後からルーシアの立ち上がる音が聞こえた瞬間、赤面した顔を見られる前に遁走しようと決意する。
「ちょっと用事思い出したッ! 親父、新居の事はよろしくなッ!」
そう告げると同時に、能力階位の昇格と共に強化された身体機能をフルに活用し、その場から風のように消え去った。