第十六話 更なる高みへ
「——さて……行くか」
ルーシアが家に来ていた昼間、十分な仮眠を取ったダグラスは、夜陰に乗じて村の外へと向かっていた。
村を囲む木の柵に空けた穴を潜り、昨日熟練度上げを行った川原へと向かう。
「昨日、道中の草木を斬っておいて正解だったな。夜でも大分進みやすい」
右手には蛇腹剣に変化させた【叛天の救誓】、左手には夜道を照らす為の『光球』を携え、森を疾走する。道が整っていたお陰もあって、村を出てから十分もしない内に、木々の開けた川原へと到着した。
「『ステータス』」
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ダグラス・イニティウム
《年齢》十二歳 《才能》EX
《闘気》B 《魔力》B
《聖力》B 《識力》B
《天職》【極越神】(——)
——【剣士】(五六〇/二五〇〇)
——【拳士】(〇/二五〇〇)
——【弓士】(〇/二五〇〇)
——【鞭士】(七〇/二五〇〇)
——【火魔導師】(〇/二五〇〇)
——【水魔導師】(〇/二五〇〇)
——【土魔導師】(二四/二五〇〇)
——【風魔導師】(〇/二五〇〇)
——【光魔導師】(一四九二/二五〇〇)
——【闇魔導師】(〇/二五〇〇)
——【司祭】(五七/二五〇〇)
——【釣師】(〇/二五〇〇)
——【農夫】(八〇/二五〇〇)
——【裁縫師】(〇/二五〇〇)
——【料理人】(六五/二五〇〇)
《装備》【叛天の救誓】
《称号》『魔神の使徒』『極神を超越せし者』『魔の理を導きし者』
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「一旦、光属性は保留。最速で【火魔法師】の熟練度を上限まで上げるッ! ——『火槍』」
夜の暗闇を照らす赤い炎の槍が川へと炸裂し、大量の蒸気が立ち昇った。
魔法を撃ち始めてから五分ほどが経過し、連続で『火槍』を放ち続けたダグラスは、魔力の枯渇状態に陥っていた。
「やっぱり、連続で魔法を使うと、直ぐに魔力が枯渇するな……」
大きく溜め息を吐いた後、おもむろに識力を発動する。魔力が枯渇したダグラスの心臓付近には、本来渦巻いている筈の青白い魔力の光は確認できなかった。
(すっからかんだな……。さて……ここからもう一段階、深くまで集中するんだ)
世界に宿る魔力を視認する為、識力の発動へ更に意識を集中させる。
世界から自分に流れ込んでいる筈の魔力を想像しながら、ゆっくりと呼吸を繰り返すダグラスの瞳には、識力を発動している証である、白い炎のような光が淡く灯っていた。
虫の声、川の流れる音、木々の騒めきなど、要らない情報を意識から一つずつ削ぎ落していき……。
(視えたッ!)
——光の雪が降り注ぐ幻想的な光景、世界に宿る魔力をその目に捉えた。
「『魔導の理』」
万象の魔力に干渉する力を発動したダグラスは、手のひらを上にした左手を身体の前へと伸ばし、世界に宿る魔力を収束させていく。
(……昨日の反省を活かして……大きさをセーブしようッ……)
世界の魔力を視認する識力の維持と、『魔導の理』による脳への負担で顔を歪ませながら、干渉する魔力量を調整する。
「……何とか、成功だな」
手のひらに収束した魔力は、頭に思い描いていたモノと寸分たがわぬ、直径五十センチ程度の『火球』を構築していた。
「大きさの制御に成功したし、『魔導の理』の扱いが、昨日より上手くなってるかも……」
そう呟いたダグラスは、今自分が構築した『火球』の魔力に干渉し、形を変形させていく。
「この状態から『火矢』に……」
『最下級魔法』である『火球』は細長く変形していき、瞬く間に炎の矢へと姿を変えた。
(——出来たッ! 『下級魔法』の形状変化はクリア。次、『中級魔法』の圧縮ッ)
世界の魔力に再び干渉し、左手の上に漂う『火矢』に魔力を収束させていく。
(チッ……『中級魔法』から加わる魔力の圧縮工程……これ、かなり……ヤバい……ッ)
炎の槍が構築されていく最中、魔力の圧縮が安定せず、魔法の輪郭にぶれが生じる。時折生じる魔法のぶれは、さながらテレビに映る砂嵐のようで、不吉な予感を感じ取るダグラスは、冷や汗を垂らす。
(……今にも暴発しそうだ…………仕方ないッ!)
ダグラスの瞳に灯っていた白い炎のような光が消失し、視界に映っていた幻想的な世界の魔力も消失する。世界の魔力を視認する識力の維持を放棄し、現在構築中の魔法制御に全意識を集中することにしたのだ。
すると、忽ち魔法が安定し始め、スキルで発動した魔法と同様の『火槍』が構築された。
「——ふぅ……何とか乗り切ったぁ……。識力階位が上がるまで、魔導による『中級魔法』の再現はお預けだな……」
目の前に浮遊する炎の槍を眺め、溜め息を吐いたダグラスは、その炎の槍を川に撃ち込み、膝から崩れるように川原へと座り込む。
「……既に頭が重い。魔力の回復を待った方が良いか……?」
世界の魔力を視認可能なレベルの識力を維持しながら、『魔導の理』を使用した魔力干渉で生じる脳疲労に、顔を右手で覆いながら俯く。
(魔力回復を待って熟練度上げをしても、明後日には『上級職』まで辿り着けるだろ……)
今日、何が何でも『上級職』を取得する必要は無い。不調を来してまで魔導を行使した結果が、たった二日の短縮にしか成らないなら、行動に対して報酬が全く見合っていないだろう。
(だからこれは……俺のエゴだな)
顔を上げたダグラスの瞳には、識力を発動している時に生じる、白い炎のような光が灯っていた。世界の音が遠のくほど集中し、視界一面に青白い光の粒子が出現し始める。
(……一日でも、一秒でも早く。ルーシアを母親の元から連れ出してやりたい)
頭に走る鈍い痛みを堪えながら、歯を食いしばって立ち上がると、世界の魔力に干渉する。
「——『魔導の理』」
——どれほどの時間が経ったのだろうか。
夜の闇は未だ明けず、六時間は経っていないことは分かる。
魔力が回復するまでの間、『魔導の理』で魔法を再現し、魔力が回復したら、枯渇するまで魔法を放つ。
魔力が尽きても魔法を放ち続けるダグラスは、突き刺すような頭の痛みに襲われ、時間感覚など疾うに失っていた。
(熟練度上限まで後どれくらいだ……? 一体何時間魔法を撃ち続けてる……? もしかしたら、未だ一時間すら経ってないかも……?)
光の雪が降るような、幻想的な世界の魔力を見つめ、意識が朦朧とする。そんな中、視界の端で川の水が浮き上がるのを捉えた。
「……あれ……って……」
朦朧とする意識の中、浮き上がった水の塊を正面に捉えるよう、体の向きを変える。その水は質量を増していき、やがて水の身体を持つカマキリへと変化した。
「……ウォーター・マンティス」
それはダグラスにとって、因縁の魔物。生前のダグラスを殺した魔物であり、今のダグラスにとっては、この世界に来た直後、逃走を余儀なくされた魔物だった。
「『魔導の理』」
魔力の枯渇しているダグラスは、すぐさま世界の魔力へ干渉し、魔導による魔法の再現を行なっていく。目の前で収束した魔力は、炎の矢を構築していき……。
「……いけ、『火矢』」
ウォーター・マンティスへと一直線に撃ち出された。炎の矢は、ウォーター・マンティスとの間にあった十メートル以上の距離を、一瞬にして駆け抜ける。
「——リィィィィッ⁉︎」
炎の矢が直撃したウォーター・マンティスは、水の身体から蒸気を立ち昇らせながら、悲鳴を上げる。しかし、倒れる様子は一切無く、ダメージを負ったウォーター・マンティスは、怒りのままに振り翳した鎌から水の刃を飛ばしてきた。
「リィイイイイイ!」
「ッ⁉︎」
識力によって魔力を視認しているダグラスは、夜の暗闇で飛翔する水の刃をその目に捉え、真横に身を投げる。地面に倒れ込むと同時に、元居た場所へ水の刃が通過していき、後ろから木の倒れる音が聞こえた。
「……只でさえ、頭が痛いってぇのに……」
頭を左手で押さえながら、ふらふらと立ち上がり、ウォーター・マンティスを睨みつける。そのまま、身体の前に右手を突き出すと……。
「……リィリィ、リィリィって——うるせぇんだよッ!」
ウォーター・マンティスの頭上、五メートル程度の高さに、炎の矢が構築される。その数は、一本、二本と数を増していき、——やがてその数は五十にまで達した。
「こちとら『魔導』様だぞ? 魔法スキルと違って、一回につき一魔法なんて概念、存在しねぇんだよッ!」
頭に響くその声を二度と上げるな、という気持ちを込め、ウォーター・マンティスへ突き出していた右手を勢い良く振り下ろす。
「——魔創『焔の叢時雨』」
「リィィイイイィィィィィィィッ——」
ダグラスの言葉と同時に、炎の矢が雨のようにウォーター・マンティスへと降り注ぐ。今なお響き渡る断末魔を作り出したその魔法は、魔法スキルに存在しない魔法。
極度の集中によるストレスと耳障りな声に対する憤怒で、一種のフロー状態になったダグラスは、自らを魔の理とする【魔導師】の神髄へと至った。
やがて炎の雨が止み、川の上に広がる水蒸気が晴れてきた。そこにウォーター・マンティスの姿は無く、残っていたのは、魔法によって空いた大きな穴だけだった。
「ふぅ……」
戦いが終わり、集中の途切れたダグラスは、瞳から識力の光が消失する。
(……というか、土魔法使えば良かったのでは?)
【叛天の救誓】のスキルにより、魔力階位が『上級』相当になっている為、不利な火属性魔法でも戦えていた。しかし、有利な土属性魔法で戦えば、もっと楽に戦えたと気づき、自分の集中力がとっくに限界を迎えているのだと痛感した。——そして、ダグラスの頭に待ちわびていた音声が響き渡る。
《天職【火魔導師】の熟練度が上限に達しました》
《天職【焔魔導師】を取得しました》
《魔力階位がBからAに昇格しました》
「き、きたぁあああああああ!」
喜びの雄叫びを上げ、天に拳を突き上げる。オリジナルの魔法を創り出した影響か、先程から度々意識を失いかけているダグラスは、今日はもう帰ろう、と村へ歩き始めた——。