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第十三話 二度目の来訪、不穏な傷

 日が沈む前に村へ帰ってきたダグラスは、ダーズと夕食を食べた後、自室のベッドで横になっていた。


(——な〜にが『微妙じゃね?』だよッ! 下手したら、【魔極神】と同レベルのイカれた性能だろッ!)


 【魔導師】を取得した当初、大した事ない性能だと考えていた自分を思い出し、内心で悪態を吐く。


 世界の魔力を利用して魔法を使える【魔導師】は、無限の魔力を得たも同然であり、間違いなく『神級職』以上の力だった。


「あと、そろそろお前のヤバさに気付いてきたよ? ——『識力』君?」


 ゲームの時は、生産活動でしか効果を発揮しなかった識力。しかし、現実での識力は、蛇腹剣のギミック発見や魔力の可視化など、様々な場面で活躍していた。


「【魔導師】に成れたのも、世界の魔力で魔法を構築出来たのも、識力があってこそだよな。——絶対育てた方が良い」


 そう呟くと、生産系統の『天職』を思い浮かべて、どの『天職』を育てるか検討し始める。


(識力を伸ばすのが目的だから、『神級職』まで育てるのは一つで良い。なるべく戦闘に役立つ『天職』が良いよな……)


 今現在、熟練度が上がっている生産系統の『天職』は、農業や料理など、生活に役立つ『天職』だ。しかし、せっかく膨大なリソースを割いて『神級職』まで育てるのであれば、戦闘に役立つ『天職』にすべきだと結論付けた。


「無難なところで行くと、鍛冶師……は無いな」


 鍛冶師となり、強い武具を製作すれば戦闘に役立つかも知れない。しかし、ダグラスには既に【極越神器:叛天の救誓】がある。防具作りに役立つとしても、武器の製作が必要ない以上、受けられる恩恵が半減する為、鍛冶系統の選択肢を捨てた。


「……良し、錬金術師で行こう」


 ポーション等の様々なアイテムが作成可能な錬金術師であれば、戦闘にも役立つだろう、と育成する『天職』を決める。


(ゲームでは錬金術師の育成に触れたこと無かったけど……まぁ、何とかなるだろ)


 杜撰な育成方針を定めたダグラスは、識力の発動や『魔導の理(ウィザード・コード)』で脳が疲弊していた為、瞼を閉じてから直ぐに夢の世界へ旅立つのだった。






「——ラス……ダグラス!」


「——うわっ!?」


 耳元で発せられたダーズの大声に、ベッドから飛び起きるダグラス。心臓が激しく鼓動するのを感じながら、ベッドの横で仁王立ちするダーズへ声を掛ける。


「びっくりしたぁ……。どうしたんだよ、親父」


「さっさと起きんか、ルーシアちゃんが来てくれとるぞ?」


 そう言って、ダグラスから視線を外すダーズ。ダーズの視線を追随して、部屋の入口へ視線を向けると……。


「——は?」


「お、おはよう、ダグラス君」


 ぎこちない挨拶を告げる、顔色の悪いルーシアが立っていた。


(な、何でルーシアがここに? 昨日、もう来なくて良いって伝えたよな?)


 想定外の事態に混乱するダグラスは、寝起きの脳を必死に働かせて、どういう状況なのか理解しようと試みた。


(……ダメだ。何でルーシアが家に来たのか、マジで分からない)


「じゃ、儂は席を外すから。後はお若い二人でごゆっくり、なのじゃ」


 ルーシアを見て固まるダグラスを置いて、ダーズが部屋から出ていく。


(何だその取って付けたような『なのじゃ』はッ⁉︎ て、そんな事はどうでも良いから、俺とルーシアを二人きりにしないでくれッ!)


 そんな心の叫びがダーズに届くはずもなく、ダグラスとルーシアを残して、部屋の扉は閉まるのだった。


 部屋の入口に無言で立ち尽くしているルーシア見つめ合うこと十数秒、ダグラスはベッドから降りて、机の前に置かれた木製の椅子へと腰掛けた。


 おもむろに足を組むと、すぐ横にある机へ右肘を乗せて頬杖をつく。人と話す態度とは思えない、礼節の欠片も存在しない姿勢が完成すると、ダグラスはルーシアへ口を開いた。


 「……昨日、もう来なくて良いって伝えたよな? 言葉が通じねぇのか?」


 如何にも不機嫌です、といった声音でルーシアに問い詰めると、彼女は一瞬身体を震えさせ、俯きながら返答してきた。


「……ご、ごめんなさい」


「謝罪は要らん。さっさと帰れ」


「……」


 帰宅を要求されながらも、俯くまま一向に動こうとしないルーシア。


(どうしよ……ぼろが出そうだから、あんまり会話したくないんだよなぁ……)


 中身が別人だとバレたくないダグラスは、何とかしてルーシアを部屋から追い出そうと思考に耽る。そんなダグラスに対し、今まで一切の動きを見せなかったルーシアが、部屋の入口から近づいてきた。


「……ダグラス君」


「何だよ?」


 直ぐ目の前まで歩いてきたルーシアを眺めながら、ビジュアル最高かよ、と心の中で彼女を褒め称えるダグラス。


 ルーシアは無言でダグラスに両手を伸ばすと、組んだ足の上に乗せていた彼の左手を掴む。そして次の瞬間……。


「え?」


 ——ルーシアは、両手で掴んだダグラスの左手を自身の胸へと押し当てた。


(うわぁ……指が沈む……柔らか……え……何して……え?)


 年齢不相応に発育した胸から齎される柔らかな感触。混乱の極地に居るダグラスへ、ルーシアは声を震わせながら言葉を発する。


「ダ、ダグラス君の好きにしていいから……これからも通わせて……ください……」


「ッ⁉︎ 離せッ!」


 ルーシアの発した泣きそうな声で我に返ったダグラスは、彼女の胸に沈み込む左手を勢い良く引き抜く。


「——ィ⁉︎」


 ダグラスが左手を引き抜くと同時に、ルーシアの口から小さな悲鳴が漏れ出る。その声に驚きながらルーシアの様子を窺うと、彼女は左の脇腹を両手で押さえて、顔を歪めていた。


「……怪我してるのか?」


「……ち、違うよ? 気にしないで?」


(絶対嘘だ……)


 血の気の引いた顔に引き攣った笑顔を浮かべるルーシアへ、疑いの眼差しを向けるダグラスは、彼女が聞き取れないようにスキル名を囁いた。


「『鑑定』」



=====================================

 ルーシア

 《年齢》十三歳

 《天職》【——】(階位『下級』)

 《状態》負傷(詳細情報は患部を視認する必要あり)

=====================================



 ゲームにおける『鑑定』は、採取した素材や製作物の情報を閲覧するスキルであり、人の情報を閲覧するスキルでは無かった。しかし、【極越神】や識力の仕様など、ゲームと違うことが度々起こるこの世界であれば、人も鑑定可能なのでは無いかと考えていた。


(鑑定出来た! ……やっぱり、怪我してるな)


 人に対しても効果を発揮した鑑定に喜んだのも束の間、ルーシアが負傷していることに険しい表情を浮かべる。


(腹部に怪我を負っていることは分かったけど……詳細情報は患部を視認する必要あり? 何だよ、その無茶振り……)


 怪我の詳細を知る為には、患部を視認する必要がある。それはつまり、ルーシアの服を捲って、腹部を確認する必要があると意味していた。


「ダグラス君……? 私、本当に大丈夫だからね? いつもみたいに、好きに触ってくれて良いから……」


 ダグラスの険しい表情に、ルーシアは不安げな表情を浮かべながら両腕を広げ、ダグラスへ身体を差し出した。


(いつもみたいにって……ダグラス、お前ぇえええッ! ……待てよ、チャンスなのでは?)


 生前のダグラスが行っていたであろう劣悪な行為を想像し、心の中で憤慨したが、直ぐにルーシアが身体を差し出す状況は好都合だと思い直す。


「……じゃあ、好きにさせて貰うぜ?」


 ダグラスは、そう告げると同時にルーシアへと右手を伸ばす。差し迫るダグラスの手にルーシアは身体を強張らせていた。そして……。


「え……?」


 ——ダグラスによって服を捲られ、腹部を露出させられたルーシアは、呆けた声を漏らした。直後、状況を理解したルーシアは、顔を真っ赤に染めながらダグラスへ懇願の言葉を口にする。


「ダ、ダグラス君っ! そ、その、せめて服の上からで許してもらえない、かな?」


(……何だよ、この痣は)


 目の前で必死に懇願するルーシアの声がどこか遠く聞こえる程、ダグラスはルーシアの脇腹に浮かんでいる青黒い大きな痣へ意識を割かれていた。


「か、『鑑定』」


「……かん、てい?」


 ダグラスの脳内は、ルーシアの怪我に対する疑問で占有されており、彼女にスキル名が聞こえないよう配慮する余裕など失っていた。



=====================================

 ルーシア

 《年齢》十三歳

 《天職》【——】(階位『下級』)

 《状態》重傷(内出血・肋骨骨折)

=====================================



「——は?」


 ルーシアの服から右手を離し、鑑定で分かったルーシアの負う怪我の酷さに、感情の抜け落ちた声が漏れ出る。その声に身体を震わせたルーシアは、焦ったような声を出した。


「ご、ごめんなさいッ! ふ、服も脱ぐから、怒らないで……」


「——ルーシア、動けるか?」


 何故こんな重傷を負っているのか、何故その負傷を隠しているのか、様々な疑問が頭に浮かんできた。しかし、今はその疑問を解決するよりも、ルーシアを医者に診せることが重要だ、とダグラスは椅子から立ち上がる。


「え? 動けるかって、どういう意味?」


「医者に行くんだよ! 何でそんな大怪我負ってんのに、こんな場所に来てんだッ!」


 肋骨が折れているというのに、治療もせずにダグラスの自宅へ訪れたルーシアに怒鳴り声を上げる。


「大怪我……あっ……。そっか、痣が見えちゃったよね? ごめんね、気持ち悪かったよね? 大した怪我じゃないから、気にしないで?」


 自分の痣が見られたことを察した様子のルーシアは、気まずい顔を浮かべながらそう告げた。骨折しておいて大した怪我じゃないと嘯くルーシアに、ダグラスは青筋を立てながら声を掛ける。


「大した怪我かどうかは、医者が決めるッ! 良いから行くぞッ!」


「——嫌ッ! 医者には行かないッ!」


「なッ⁉︎」


 ダグラスに対して常に顔色を窺い、その命令に従っているルーシアが、予想外の反発を起こした事へ面食らってしまう。ルーシアの明確な拒絶を宿した瞳にたじろぎながらも、その真意を尋ねることにした。


「……な、何でそんなに医者を嫌がるんだよ? 理由があるのか?」


「そ、それは……」


 ダグラスの問いに対し、やましい事があると言わんばかりに視線を逸らすルーシア。


「理由を言わないなら、無理やりにでも連れて行くぞ?」


「……き、昨日からダグラス君おかしいよ? 触ってこようとしないし、突然来なくて良いっていうし……。それに、いつもなら私のことなんて心配しないのに……」


(マジか……上手く立ち回れてるつもりだったのに……)


 ルーシアから生前のダグラスとの違いに勘付かれており、肩を落とすダグラス。しかし、そんなことを考えている場合じゃない、と気を取り直し、再びルーシアへ言葉を掛ける。


「——話を逸らすな。いまルーシアの取れる選択肢は二つだけだ。医者に行きたくない理由を隠して、強制的に医者へ連行される。または、大人しく医者に行きたくない理由を話す。どっちを選ぶ?」


「……」


 選択肢を提示されたルーシアは、顔を俯かせて口を噤む。そのまま、三十秒ほど黙り続けたルーシアに、ダグラスは溜め息を吐いた。


「はぁー。……分かった、無理やり医者に連れて行く。ちょっと痛むかも知れないけど、我慢しろ?」


 そう言って、ルーシアの腕を掴もうとした瞬間……。


「——ぃだよ」


「ん?」




「——ダグラス君のせいだよッ!!!!」




 そう言って顔を上げたルーシアは、瞳に涙を浮かべながら睨みつけてきた。

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